ここの所、氷帝テニス部レギュラーには、不思議に思うことがあった。

レギュラーの一人である忍足侑士の機嫌が、すこぶる良いのだ。

そう、気味が悪いほどに――――

































「……どうしたんでしょうね、忍足さん」


と、こそこそと俺に話しかけたのは、ダブルスのパートナーである、鳳長太郎。

意味不明な鼻歌を歌いながらジャージに着替えている忍足を、不思議そうに見つめている。

普段関西人としてありえないほどにテンションの低い忍足が鼻歌とは、よっぽど良い事があったんだろう。

特に今日はご機嫌らしく、携帯をいじりながら気持ち悪りぃほどにやついている。


「………何か悪いもんでも拾い食いしたんじゃないか?」


適当に答えながらジャージを着替え終えた俺は、帽子をかぶり直した。

そんな俺に、「そんな、向日さんじゃあるまいし」と鳳。

確かに、忍足のパートナーである向日の方が、拾い食いをする可能性は高い。

だけどな、長太郎…

お前、意外に失礼だぞ。


「おう、忍足。最近なんか機嫌良いじゃねえか。アーン?」


気持ち悪りぃにやけ顔に引いていた俺たちとは違い、跡部は平気らしく、普通に忍足に話しかけている。

この辺は流石氷帝テニス部200人の頂点だ。

全然なりたくはないがな!


ちゃんがな、今日練習観に来てくれんねん」


満面の笑顔で言う忍足。

それより、『ちゃん』って誰だ?


「俺の妹やねん」

「いや、親戚のような他人だろ?」

「親戚や!それにもう、妹みたいなもんやん」


向日の言葉に、忍足が珍しくムキになって言い返す。

なんでも、先日結婚した従兄の嫁の従妹らしい。

……そりゃ、他人だろ。


「っていうか、俺らと同じ学年じゃねーか」

「ええやん。誕生日俺より遅いんやから」


更に、「妹キャラ欲しかったんや」とのたまう忍足。

『妹キャラ』ってなんだよ。『妹キャラ』って…。

あーあー……日吉、気持ちはよく解かるが、そんな軽蔑しきった冷たい目で忍足見るなよ。

そんな後輩の様子にも気づかずに、忍足は更に『ちゃんトーク』を繰り広げる。


「こう、自分からは俺に話しかけへんくらい純情で慎み深くてな、そのクセ時々今までに無いシュールな反応返してくれて、めっちゃオモロイねん」

「………それは、お前に迷惑してるんじゃないのか?」


思わず呟いてしまった俺の声も聞こえないほど、忍足は「表情や仕草もめっちゃ可愛えんや!」と、更に熱弁している。


「それでな………」


――――コンコンッ

忍足が、更なる暴走トークを続けようとした時、部室のドアからノックの音がした。


「アーン?……誰だ?」

「……あの、忍足くんからここに来るように言われたんですけど」


跡部自ら扉を開けた先にいたのは、どこか緊張した面持ちの、下級生と思われる女子。


「あ、ちゃん!来てくれたんやなー。入って入って」


「むさ苦しくてごめんなー」と、跡部の許可もとらずにさっさと部室に招き入れる忍足。

まぁ、もうすでに全員ジャージに着替えてるから別に構わないのだが。


「………えーと、3年のです」


そう言っては、俺たちに決して目を合わせようとせず、何かを諦めた様な声で挨拶をした。

それにしても、下級生かと思ったらタメか…。

コレなら忍足が妹だと言ったのも、解からないでもないが、解かりたくも無い。


「君がちゃん?!かっわEーっ!!!」


と、いきなりハイテンションになったジローがに抱きついた。

っていうかお前、起きてたのか。

抱きつかれたは………完全に固まっている。


「あ、ジローなにしてんねん!ちゃんは俺のや!!!」


慌ててジローからを奪い、自分のほうへと引き寄せる忍足。


「えー、なんでだよー。ずりーぞ忍足!」


ジローは不満げに忍足に抗議するが、「そんなの、俺の妹やからに決まっとるやん!」と、ありえない理屈を言い張った。

妹という単語を聞いて、ようやくフリーズしていたが身じろぎする。

口を開いて何か言おうとしているみたいだが、フリーズしていた脳と口が上手く動かせないのか、言葉が出てこないようだ。

そして、壊れた人形のようにひたすら首を振り続けた。


………同情するぜ)


こんな変態に気に入られて。

忍足ファンとかいう奴等なら死ぬほど嬉しいのだろうが、は幸か不幸かテニス部ファンではなかったらしく、相当迷惑そうだ。

と、言うより……死ぬほど嬉しくなさそうだ。

可哀相な事に、はまだひたすら首を振っている。

そして、その必死な目が語っていた。


(私は、貴方の妹になった覚えはありません…!)


爆走妄想野郎の忍足は案の定気づかず、跡部なんかに「ええやろー」とか自慢していた。

跡部は面白そうにの様子を観察していて…忍足の妄想を止める気は無いらしい。

思わず、溜息を吐きながら「激ダサだぜ…」と呟いたその時、首を振り続けていたと、目が合った。


(………あ)


言葉は交わさずとも、その表情だけで解かる。


(へるぷ みー!)


そう、訴えていた。


「……………おい、忍足。その辺にしといてやれよ」

「かわええなー、ちゃん!」

「おう、ジュースでも飲むか」

「お、サンキュー跡部!」

「跡部ー、オレもオレもー!!!」


聞いちゃいねー。

いつの間にか跡部まで乱入して…しかももてなしてるし。

可哀相なは、なおも俺に助けを求めるようなシグナルを送り続けていたが、俺はそっと視線を逸らした。

悪い、


俺には無理だ…!















こうしては、忍足の妹兼テニス部レギュラーお気に入りになった。















+++あとがき+++
氷帝レギュラーとご対面です。
宍戸視点でしたがいかがでしたでしょうか…?
奴に可哀相な人扱いされたらもう終わりですね…すみません。

こんな駄文をここまで読んで頂き、ありがとうございました!







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