まだ5月の下旬だというのに、その日の暑さは朝から真夏の炎天下並だった。

今日もテニス部準レギュラーの日吉若は、下克上を目指すべく精進していた。





















































「みんなぁ〜、ドリンクとタオルだよ〜」


朝練中の短い休憩時間。

鼻につくような甘ったるい声で、マネージャーがレギュラー陣を呼んでいた。

レギュラー陣を呼んだのは、あの眼鏡の新マネージャーではなく、確か…玉城美依奈とかいうマネージャーだ。

玉城もまた、最近マネージャーになったばかりなのだが、すでに何年も前からここにいたように部に溶け込んでいる。


「はい、日吉くんにもv」

「……どうも」


準レギュラーである日吉にもドリンクとタオルが配られたが、いつも通りそっけなく受け取った。

あまり態度には出さないが、日吉は新しく入った玉城というマネージャーが苦手だった。

玉城の媚びる様な口調や眼つきが、どうも好きになれないのだ。

こんな事を考えているのは、日吉だけだろう。


他のレギュラー陣などはその計算され尽くした可愛らしい仕草に、完全に洗脳されているような気がする。


「あいつは?」

「……またどっか行っちゃったの」


跡部の問いに、玉城が答える。

『あいつ』というのは、多分もう一人のマネージャーの事なのだろう。

日吉がそれを聞いた途端に、周りの空気がピリピリするのを感じた。


「はぁ?!なんだよそれ!」

「美依奈、もう一度俺らがちゃんと言うたろうか?」

「ううん、いいの…。美依奈がしっかりしないのがいけないんだもん」


その同情を誘うような言葉に、日吉は一人眉を顰めた。

あの新マネージャーの、この間の姿が蘇える。

夕日を背に、一人黙々とテニスボールを拾っていた。

とても、こんなに堂々とサボるような人間には見えないのだが。

密かに首を傾げる日吉の耳に、準レギュラーたちのひそひそとした話し声が入ってきた。


「……だから…………な?」

「………ああ、そうだな」

「でも……には……」

「関係ねぇって………だからオレらが、……………じゃん」


この間、更衣室で新マネージャーの悪口を散々わめいていた連中だ。

会話の内容はよく聞き取れないが、その表情には何か悪い事を企んでますという嫌な気配がたっぷりと含まれている。

ニヤニヤとした下品な笑い方に、日吉は嫌悪感を憶えた。


(だがまぁ、関係ないか)


自分は唯、下克上を目指していればいい。

そう思い直した日吉は、あっさりと気持ちを切り替えた。

それと同時に、休憩終了の笛が鳴り響く。

その日の日吉は、ただひたすら淡々とそして順調に自分の朝の練習メニューを消化していった。


























―――昼休みは何故こうも騒がしいのか。

購買の自販機で冷たい緑茶を購入した日吉は、自分の教室で弁当を食べるべく階段を上っていた。

ここの特別教室棟付近の階段は、本館にある一般教室からは遠い。

その分、人通りが少なくて昼休みも常に静寂に包まれていた。

青春を発散させるべく廊下で馬鹿騒ぎしている輩を避けるために、日吉はわざわざこのルートを通るのだ。

少々遠回りだが、一度テニス部の先輩でもある向日に強烈なタックルをかまされてからは、昼休みに一般教室の廊下はうろつかないようにしていた。

懸命な判断である。

2階から3階への階段を上ろうと足をかけた時、上の階からトントンという軽い足音が聞こえてきた。

誰か、こちらに下りてくるらしい。

何とはなしに上段の人物を見上げると、そこにはあの新マネージャーがいた。

新マネージャーでも玉城美依奈では無い。

ぼさぼさの黒髪に分厚い眼鏡の―――渦中の新マネージャーだ。

名前は確か……何と言ったか。

元々あまり興味も無かったし、関係無いと割り切っていたので日吉は新マネージャーの名前など知るはずも無かった。

それでも一応、自分より上級の3年という事は知っていたので、とりあえず軽く会釈をしておく。

新マネージャーは日吉の顔を知らないのか、一瞬訝しげな視線を送ったが条件反射的に会釈を返してくれた。

なんとも微妙なやり取りだ。

特に話しかける事など無いので、さっさと自分の教室へ戻ろうとまた歩を進める日吉。

新マネージャーも、日吉の事などまるで興味なさそうにすぐ視線を戻し、階下へと歩を進めた。


だが―――


密かに視線をまだ新マネージャーへと注いでいた日吉は、見てしまった。

新マネージャーの数段上から強く背中を押そうとする、人物を。


ドンッ


「……っ!」


上段から落ちてくる新マネージャーを、とっさに受け止める。

突然の事だったので体制を崩して自分も階段から落ちてしまったが、まだ上り始めて2、3段だったので幸い大したダメージは無かった。


「……っ!おいっ、待て!!!」


突き落とした犯人を呼び止めるが、とっくに上の階へと逃走した犯人が待つはずも無い。

変わりに聞こえてきたのは、不愉快な笑い声。

しかも、複数の。

生憎逆光で犯人の顔は陰になって解からなかったが、今朝の準レギュラーの中の1人と、シルエットが被る。

これが例のイジメだとしたら、明らかに度を越している。

追いかけようかとも思ったが、自分の上に人がどっしりと乗っているこの状況では、どうしようもなかった。


「……うっ」

「大丈夫か?」

「………え、あ、はい」


一瞬気を失っていたらしい新マネージャーが、ようやく身体を起こす。

日吉を見、自分の状況が解かると慌てて日吉の上から退いた。


「すすすすいません!」

「……別に」


よく見れば、新マネージャーの顔にあるはずの眼鏡がどこかに吹っ飛んでいる。

わりと上段の方から落ちたのだ。

当然と言えば当然かもしれない。


「あの、貴方こそ怪我は?」


新マネージャーが、心配そうに聞いてくる。

長い前髪に邪魔されて、眼鏡が無くてもいまいち素顔も表情も解からないのだが。


「特に何とも無い」


そっけなく答え、制服に付いた埃を軽く払って、立ち上がる。

まだ多少背中が痛いが、大した事は無いだろう。

ふと目線をずらすと、例の分厚い眼鏡が落ちていた。

レンズに傷は付いてないようだ。

それを拾って、目の前に差し出してやる。


「あ、ありがとうございます」


そういって顔を上げた瞬間、さらりと新マネージャーの長い前髪が崩れた。

それと同時に、素顔が一瞬だけ垣間見える。


「………お前、」

「っ!助けてくれて、ありがとうございました」


そう言って、新マネージャーはそそくさと逃げるように駆けて行った。

実際、逃げたのかもしれない。

長い睫毛、形の良い整った眉、鼻梁、唇―――

1つ1つの顔のパーツまでもが、美しいと言える容姿。

何より、生命力に溢れたあの瞳。


(何が『地味で不細工』だ……)


ぱっと見だけでも、もう一人のマネージャーの玉城美依奈より『派手で綺麗』な容姿をしているのは、明らかだった。

何より驚いたのが、自分自身にだ。

あの顔を見た瞬間、妙な懐かしさを憶えたのだ。

自分は、何処かであの顔を見た。

何時、何処で見たのかは、思い出せないのだが。

でも、絶対にあの顔を自分は知っている。

そんな気がするのだ。

日吉は呆然と、名前も解からない新マネージャーが去って行った廊下を見詰めた。










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+++あとがき+++
ALIVEの中で一番長い話のような気がします。。。
でも、割と早く書き上げました。
2日もかかってないよ!
この場面が凄く書きたかったのです。
また名前変換が無くても、ツンデレっぽい日吉が書ければ満足です(コラ

こんな駄文をここまで読んで頂き、ありがとうございました!