竹取合戦
〜それぞれの日常〜
「イザーク」
声をかけられたイザークは、不機嫌そうに眉根を寄せて、自分に声をかけてきた濃紺の髪の少年を睨み付けた。
ここは宇宙のど真ん中――――戦艦『ガモフ』の中である。
同じく戦艦『ヴェサリウス』の中にいるべきである人物…しかも自分の大嫌いなアスランが、何故ここにいるのか。
機嫌を急降下させながら、アスランに疑問をそのままぶつける。
「何故貴様がここにいる」
警戒心バリバリのイザークに苦笑しながら、人の良いアスランはさして気にせずに素直に答える。
そんな優等生な態度が余計にイザークの機嫌を更に悪くさせる事も、鈍いアスランはもちろん気付きもしないのだが。
「プラントから荷物が届いたんだ。ガモフの分の荷物もこっちにきてたから、届けに来た」
その言葉と共に、イザークの荷物だと小さな包みまで渡される。
確かに、宛名には自分の名前が綺麗な字でしっかりと書かれていた。
「へぇ〜、イザークに小包?珍しいな」
いつの間にか談話室に着いたらしい。
イザークの荷物を見て、ディアッカたちが興味津々に覗き込んでくる。
「誰からなんですか?」
「さあな…」
適当に答えながら、しげしげと宛名や差出人欄を観察する。
差出人の欄には何も書かれておらず、誰なのか全く分からない。
見慣れない字だ。母の字でない事は確かだが。
プラントから差し入れが届く覚えなど、全く持ってなかった。
がさごそと開けてみると、中からは可愛らしくラッピングされた更に小さな包みと、一枚のカード。
「………………」
非常に、嫌な予感がする。
嫌がらせのように少女趣味なデザインのカードを取り出して中を見ると、イザークは、自分の予感が的中した事を悟った。
『イザーク様へ
クッキーが上手く焼けたので、宜しければどうぞ。
お仕事頑張って下さい。
・』
・―――それはイザークの婚約者である少女の名だった。
軍にいる婚約者にかいがいしくも差し入れ……それだけなら何も不自然な事は無い。
だが、イザークとの関係は、表面上はどうあれ婚約者などと言う可愛らしい関係ではなかった。
の普段の言動と照らし合わせれば、コレは明らかに不自然な行為だ。
イザークの背中に嫌な汗が流れる。
(コレは何だ?何の陰謀だ???!!!)
「うっわ、可愛い婚約者からの差し入れかよ!」
「わー、このクッキー、凄く美味しそうですよ!」
「……っ勝手に開けるな!!!!」
イザークが叫ぶも、時すでに遅し。
談話室のテーブルの上には、綺麗に焼き上がっている見るからに美味しそうなクッキーの姿があった。
「イザークの婚約者ってさ、美人で有名なあの・嬢だろ?」
「この間軍港に見送りに来てるの見たけど、すっげー綺麗だったぜ!」
「畜生、美人で優しい婚約者なんてっ……羨まし過ぎる…!」
「イザークにはもったいないですよねー」
イザークの内心には気付かず、皆口々にイザークをからかおうと無責任な事を言っている。
ディアッカやミゲルなんかは、本気で羨ましいらしく、恨みがましい視線までイザークに送っていた。
(違うっ…!あいつはそんなんじゃないっ!!!!)
そんな人も羨む素敵な関係なんかじゃない。
代われるものなら代わってやりたい位だ。
「……クッキー、食べないのか?」
「あ、こいつ独り占めする気だな?!」
「ヤダねぇ惚気ちゃって。俺たちにも幸せ分けろよー!」
無責任に囃し立てるディアッカたちを見て、イザークは妙案を思いついた。
「………………そんなに言うなら、くれてやる」
「は?」
「先に喰えっ!」
そう叫びながらどかんっとクッキーをディアッカたちの前に突きつける。
「いやっ、ちょっイザーク!」
「いいって!オレらよりも婚約者のお前が先に食えよー」
あんなに食いたがってたくせに、途端に焦りだすディアッカたち。
イザークが堪能した後のおこぼれ程度を期待していたのだが、まさかイザークより先に食べろとは……。
普段そこまで心が広いとは言い難いイザークなだけに、予想外だ。
「いいから、お前らが先に喰え」
「でも…「喰えっ!」」
あまりにも強固なイザークの態度に、嫌な予想が出来上がる。
(もしかして、すんげー美味そうに見えても、実は味は激不味いとか?)
「イ、イザーク…オレらやっぱ遠慮「いいから喰えっ!」」
その言葉と共に、ディアッカの口に大量のクッキーが無理矢理詰め込まれた。
「ふっ、ふぐっ!……………ん?」
最悪の事態を予想したディアッカだが、その期待は見事に外れていた。
「………美味いじゃん!」
手作りとは思えないほど、美味い。
有名天才パティシエが作ったとまでは言えないが、普通に店に売っているレベルの美味さだ。
「ホントだ。マジうめー」
「美味しいですよ」
「ああ。美味いな……」
ミゲルたちが次々に手を出していく様子を観察しながら、イザークはようやく安心したように頷いた。
「……そうか、美味いか」
そして、まだまだ大量にあったクッキーの大半をガサッと取り上げ、自室へと引き返した。
残ったのは、クッキー少量と、小包の残骸と、若きクルーゼ隊のエリートパイロット達。
「…………何だったんだ?アレ」
「……さあ」
彼らは知らない。
談話室を出た後に、心底安堵した表情でイザークが呟いた一言を――――
「トリィちゃんは、混入されてなかったか……」
毒見役がいつでもどこでも大量にいる職場というのは、正直ありがたかったイザークであった。
「――――そういえば」
書面から顔を上げたは、物凄い久しぶりに自分の婚約者に思いを馳せた。
「あの差し入れ……そろそろイザーク様に届く頃かしら?」
あの包みを見た時の婚約者の表情を想像して、ほくそ笑む。
あれだけ包みもカードも少女趣味にしてやったのだ。
同僚達に見られれば、さぞかし冷やかされる事だろう。
もしくは、何の陰謀かと頭を悩ませているかもしれない。
「ふふふっ……もうすぐ、それどころじゃない事になりますますから」
愉しみにしていて下さいねー。
なにやら非常に物騒な事を呟きつつ、また書類にカリカリと必要事項を記入していく。
近くに誰かいれば、の表情に恐怖で震え上がっていた事だろう。
明らかに、何かを企んでいる。
「………………できた」
書きあがった書類を見直して、間違いが無いかチェックする。
この数枚の紙切れが、これからのとイザークの運命を左右する、重要なアイテムだ。
「先制攻撃は、こちらから行きますよ」
満足そうに書類を封筒に納め、クスクスと黒い笑い声を上げるを止められるものは、誰もいなかった。
後/続
+++あとがき+++
えー、今回はヒロインとの絡み全く無いですね。すみません;;
クッキーとカードは、ただの嫌がらせです。
トリィちゃん入って無くて良かったね、ディアッカ…!
最後の最後で登場したヒロイン、なにやら良からぬ事を企んでおりますね。。。
……頑張れイザーク!負けるなイザーク!
って事で、あとがきはこの辺で強制終了しておきます。
それでは、こんな駄文をここまで読んで下さり、ありがとうございました!