竹取
〜勝てば官軍〜




「――――チェックメイト」


勝利の声が、室内に響き渡る。

ここは邸。家の御令嬢嬢の部屋。

今日も今日とてイザークの貴重な休暇は、婚約者の嬢のために消化されていた。


「くそっ………もう一回だ!」


ガシャガシャとチェスの駒を乱暴に引っ掻き回しつつ、イザークがに迫る。


「良いですよー」


対するは迫力満点のイザークに臆することなく、余裕でその申し出を受けていた。

先程の勝利でご機嫌なのか、思わず誰もが見惚れてしまう程の笑みを浮かべている。


「ふんっ、次は俺が勝つからな!」

「何寝言言ってるんですか?次も私が勝つに決まってるでしょう」

「何を〜!」


言い合いをしながら二人は黙々と駒を並べている。

ちなみにこの光景は、本日何度も展開されていた。

イザークが邸にやってきて数時間。

いつもの言い争いが何故か自慢大会になり、チェスのうんちく大会に発展し、今に至る。

実はチェスの腕が五分五分と言って良いほど拮抗していた二人は、勝つ度に勝ち誇り、負ける度に新たな勝負を挑んでいた。

負けず嫌いが二人も揃うと、勝負は永遠に終わらない。


「「――――宜しくお願いします」」


最低限の礼儀とばかりにする試合開始の挨拶は、すでにどこか殺気混じりだ。

婚約者というには剣呑な空気しか発していない二人だが、今日はまだ友好的なほうだったりする。

なにせ普段、『一言二言言葉を交わすだけで交流終わり』な時も珍しくないのだから。

超高速で駒を進めていくイザークたち。

二人とも、何回も勝負を繰り返しているうちに、すでに相手の手の内が解かり始めていた。


「………っ!」

「どうした?」


してやったりという表情で、イザークが問いかける。

裏をかかれた。想定外のイザークの攻撃に、慌てる

慌てて態勢を立て直していくが、やはりの方が若干分が悪い。


「長考か?」


手の止まったに、ここぞとばかりに嫌味ったらしく挑発してくるイザーク。

チェス勝負の予想外の長期化に、よほどストレスが溜まっているらしい。

だが、ストレスが溜まっているのは、とて同じだ。

いい加減、このチェス勝負を終わらせたい。


「………………イザーク様」

「なんだ、投了する気にでもなったか?」

「いいえ、全然。それより……」


はつと、テーブルの上に置いてある花瓶を指差した。


「このお花、何の種類だか解かります?」


花瓶には、可愛らしい薄紫の花が咲き誇っていた。


「……俺が知るわけないだろう」


草花関係にはとことん疎いイザークが、知るはずもない。

だが、例によって例の如く、物凄〜く嫌〜な予感がじわじわとイザークの背中を這い登ってきた。

イザークの言葉に、は目の前の花のような、可憐な笑顔をイザークに向ける。

出会ってこの方、婚約者にそんな笑顔を向けられた憶えのないイザークは…固まった。

自分の心臓が、バクバクと盛大に鳴り響いているのが解かる。

決しての笑顔にときめいたとか、そんな甘い感情ではない。

その可憐な笑顔に、言葉にできない不気味な何かを感じたのだ。


「―――まさか、」

「そう、トリィちゃんです」


止める間もなく、心底嬉しそうに答えを言ったはこれまたにっこり可憐に微笑んだ。

彼女が『トリィちゃん』と呼ぶ植物の通称は、『トリカブト』。

言わずと知れた、毒草だ。

蕩ける様な、可憐な笑顔ではイザークに囁いた。


「今日もイザークさまのために、心を込めて手料理作りますからね」


ソースの隠し味に、トリィちゃんが入っているかもしれない。

そう容易にに想像できるほど、の表情は何かを含んでいた。


「………っ!」


動揺したイザークの手が、チェスの駒から離れた。

的外れな所に置かれたクイーンに、の口元がにやりと歪む。

これで、形勢は逆転した。

さくっと次の駒を進めたは、目の前の呆然とする婚約者に向かって囁いた。


「イザークさま、軍人なら憶えておいて下さい」


―――勝てば、官軍。


この上なく汚い手段を使ったにも関わらず、堂々としたの背後に、イザークは大昔の戦国武将の姿を垣間見た……気がした。

この婚約者には、一生勝てないかもしれない。

普段なら絶対考えもしない事をつい思うイザーク。

得意げなの「チェックメイト」という勝利宣言で、その日の二人の勝負は幕を閉じた。
























(もう絶対来るものか!)


そう心に固く誓うイザークに対して、本日大勝利を収めた嬢は余裕の表情で「また来てくださいね」と微笑んだ。

心にも思っていない事をさらりと言っているのを重々承知しているため、余計にムカつく。


「次にイザークさまにお逢いできる日を、楽しみにしています」

「…ああ。俺もだ」


ここは邸の玄関。

イザークの見送りのため、家の使用人勢ぞろいなこの状況で、下手な事を言う勇気は無かった。

お互い、反吐が出るような甘い言葉を交し合う。

その一見仲睦まじそうな二人の姿に、コロッと騙された若いメイドたちは、うらやましげに溜息をこぼした。


「軍港までお見送りできないのが、残念ですわ……」

「…ああ。俺もだ」

「無事の帰還、心よりお祈りしています」

「……ああ。それじゃあな」


これ以上、気分が悪くなるような会話を終わりにするために、イザークは帰路へついた。

幸い、の言葉通りに今回は軍港への見送りは無いので、もうしばらくは逢うことも無いだろう。

晴れ晴れとした気持ちで、イザークは自宅への道を急いだ。

振り返りもせず、邸を後にしたイザークは気づかなかった。

逃げるように出て行くイザークの背を、不気味な笑顔で見送るを。

何か企んでますと思わせる笑顔で、は心底楽しそうに呟いた。


「本当に……次に逢う日を、楽しみにしていますよ」


イザークがいたら心底怖がるだろう表情と台詞は、誰も見ることも聞くことも無く、宙に消えた。














/続







+++あとがき+++
非常に久々に書きました。
長い間お待たせしまして、本当にごめんなさい!
そしてまだまだ続きます。。。
ヒロインの企み……絶対イザークに良くない事ってのは断言できます(笑)

こんな駄文をここまで読んで頂き、ありがとうございました!