竹取合戦
〜二人きりの戦争〜
――――憂鬱だ。
久々の休暇である。
残念ながら今日の天気は雨。
だが、イザークの好きな読書に天気は邪魔にならない。
むしろ、余計なものに邪魔されず、ゆっくり優雅に読書を楽しむ事ができる。
そう、今までの1人きりの休暇ならば、もっと素直に楽しめていた。
だが、ここ最近の貴重な休暇は、ことごとく婚約者である・嬢と一日の大半を過ごすハメになっていた。
それが、イザークの憂鬱を増長させる。
今日も今日とて、目の前には自分と同じく読書中の嬢。
パラパラと本の頁を捲る姿は気だるげだが、どこか洗練されていて、その動作の一つ一つががとても様になっている。
思わずそれに魅入られそうになったイザークは、無理矢理視線を本に戻す。
すぐに目は先程まで読んでいた行を追うが、文字が素通りするだけで、全然頭の中に入ってこない。
全く持って、集中できない。
集中できないのは、全てこいつのせいだ。
普段では考えられない自分にイラつきながら、視線をまたこっそりとに向ける。
目当ての頁でも見つけたのか、パラパラと捲っていたはずの手は止まっていて、黒い瞳はじっと本の字面を追っていた。
ちなみに彼女が今真剣に読んでいる本のタイトルは『正しい毒草の育て方――種蒔きから毒薬の作り方まで完全網羅――』だ。
……あまり真剣に読まないで欲しい。
「――――ふぅ」
溜息混じりに、が本をパタンと閉じる。
目の端にじっとこっちを見つめているイザークを捕らえ、目が合った途端、心底嫌そうに顔をしかめる。
「……なんですか?」
「…………別に」
ちなみにコレが、の部屋に案内されてから3時間、本日初めて二人が交わした言葉だった。
最近、顔を合わせれば毒舌合戦か無言大会になるため、別に会話が無いのは珍しい事でもなかったが、今日は最長記録だ。
そして、今日は特に沈黙が重かったような気がする。
「そうですか」
のあっさりとした返しに、イザークは拍子抜ける。
あんなにじっと見詰めていたのだ。
普段なら、嫌味の一つや二つや三つや四つ言われて、毒舌合戦に雪崩れ込むというのに。
は、すでにイザークなど完全無視の体勢で、憂いを含んだ瞳で窓の外をじっと見詰めている。
そのいつもと違うの態度に、イザークの不審は募る一方だ。
また、そっとの様子を観察する。
の漆黒の双眸は、すでにイザークを映しておらず、じっと窓の外に向けられていた。
明らかに、何かを憂えている様子だが、イザークのここ最近の憂いとはまた違う…ような気がする。
「―――おい」
「なんですか?」
「……………………」
思わず声をかけてしまったが、かける言葉などこれっぽっちも考えていなかったイザークは、沈黙するほか無かった。
そんなイザークを訝しげに眺め、また視線を窓の外に移す。
やはり、様子がおかしい。
「――――雨、止みませんね」
「あ、ああ」
ぽつりと呟いたの言葉に、慌てて返事を返す。
雨は、天候調整されているプラントにしては珍しく、昨夜からしとしとと止むことなく降り続いている。
久々の休暇にしては気が滅入るような天気だとは思ったが、それはイザークが思った事で、には関係ない。
ちなみに雨は、機械の故障だか何なのかは不明だが、ここ数日連続して降り続いている。
だが、普段宇宙勤務が殆どのザフト軍に勤めているイザークには、それこそ関係なかった。
「一体、なんなんだ?」
ついつい、思った事が口をついて出てしまった。
得意の毒舌か嫌味を吐かれるかと思わず身構えた。
が、はイザークが想像したような反応は返さず、珍しくも溜息混じりにイザークの問いに答えた。
「こう長雨が続くと、トリィちゃんたちが心配で……」
頬に片手を当て、憂いを帯びた瞳で呟く。
どうやら、半ば無意識の内にイザークに答えを返しているらしい。
そうでなかったら、彼女がこんなに素直に答えるはずが無い。
絶対に。
「……トリィちゃん?」
が発した可愛らしい名詞に、首を傾げる。
トリィ…というからには、庭にでも棲みついている野鳥とかだろうか?
丁度雛が孵化する時期にも重なるし、それならば合点がいく。
温度整備をされ、普段はほぼ常春状態のプラントでのこの冷たい長雨は、さぞ親鳥達も辛かろう。
普段イザークには、冷たい視線と猛毒のような言葉を撒き散らすとは思えないくらい優しい心遣いだ。
小動物を可愛がるとは、やはりも血の通った人の子だったか…。
可愛い所もあるじゃないかと一瞬言いかけてしまったイザークは、ぐっと言葉を飲み込んだ。
そして、そんな事を思ってしまった気恥ずかしさを紛らわすために、いつもの嫌味を吐き出した。
「鳥にトリィちゃんとは、なんとも安直なネーミングだな」
白い頬を乙女のように赤らめながら嫌味を言うイザークの姿は、口調も姿も全く持って嫌味になってない。
そんな恋する乙女なイザークに対しては、まるで奇妙な物体でも見るかのように自らの婚約者を見ていた。
「……なんか、気色の悪い表情ですね」
正真正銘のプラント公認婚約者であるの心からの言葉に、イザークは切なさと悲しみと怒りとしょっぱさを同時に味わった。
婚約者に、気色悪いはないだろう。
「――――ふん、小鳥に対して無駄な優しさを見せるお前の方が気色悪いだろうがっ」
負けじとイザークが言い返すが、その言葉には何言ってんだというような顔をした。
「……イザーク様、何か勘違いしてませんか?」
「何がだ」
呆れたようなの声音にむっとしつつイザークが返すと、は不機嫌なイザークの様子にも動じずににっこりと微笑んだ。
そして、そのままの笑みで答える。
「トリィちゃんは、植物です」
「……は?」
「キンポウゲ科の多年草で、学名はAconitum japonicum var. montanumです」
すらすらと答えるの表情は、かつて無いほど楽しそうな表情で、それがイザークの不安を煽った。
何だか、凄く嫌な予感がする。
「………その、トリィちゃんの一般名は何だ?」
まさかと思いながらも、恐る恐るイザークが訊ねる。
答えを聞きたいようで聞きたくないような、この気持ちは何なのだろう……。
そんな滅多に拝めないような苦悩するイザークの表情を充分と堪能した後、あっさりと…そして満面の笑みでは答えた。
「一般的には、トリカブトと呼ばれていますね」
トリカブト。
植物に疎いイザークでも、トリカブトが猛毒であることくらいは、知っている。
「なっ…!なんでそんなモノがあるんだっ!!!」
焦るイザークとは対照的に、は悠然と微笑みながら、慌てず騒がず紅茶を優雅に一口啜った後、口を開いた。
「自家栽培しているからに、決まってるでしょう」
「そんなモノ栽培するなっ!!!!」
涙目で訴えるイザークに、はもう一口紅茶を啜り、お茶請けのクッキーに手を伸ばす。
そのの余裕の態度に、イザークの神経が更に逆なでされるが、無論わざとだ。
「あ、イザーク様もおかわりいりますか?」
「いらんっ!!!」
かつてないほどの上機嫌で、婚約者に紅茶のおかわりを勧める。
解かり易過ぎるイザークの反応に、くすくすと笑いが止まらない。
完全に、イザークで遊んでいる。
「……っ帰る!」
開きっ放しで放置していた本を閉じ、ドアに向かうイザーク。
一刻も早く、こんな家出て行ってやる!!!
だが、そんなイザークの決意も、の一言であっさりと挫かれた。
「無理ですよ。この後エザリア様が来て、一緒に夕食ですから」
ドアノブに伸ばしていた手が、ぴたっと止まる。
エザリア様…母が来る=婚約者との夕食を逃げたら即、殺される。
「腕によりをかけて、イザーク様の好物たくさん作りますねVv」
にっこりと、何も知らないものが見れば女神のような笑みで、イザークに言わせれば死神のような笑みでトドメを刺す。
本日も、嬢の愛の籠もった手料理らしい。
気合が入り過ぎて、うっかりイザークにだけサービスにと、トリィちゃんをたっぷり混入されなければ良いが……。
「やっぱ帰っ「エザリア様がお着きになりました」」
イザークの言葉を容赦なく遮って、ノックの音と共にメイドの声がドアの外から聞こえた。
「はーい」
はパタパタと、エザリアを迎えるために部屋を出て行く。
イザークの存在を完全無視して。
捨て置かれたイザークは、その場にくず折れた。
すでに敗北感いっぱいで思考停止状態なイザークだったが、これだけは解かった。
――――今日はもう、逃れられない。
後/続
+++あとがき+++
『トリカブト、略してトリィちゃん』は、ずっとやりたかったネタです。
いやもう、夢ヒロインとしてどうよってヒロインが多いですよね…うち。
イザークファンの方、本当にごめんなさい;;
こんなのでも、楽しんで頂ければ幸いです。
それでは、こんな駄文をここまで読んで下さり、ありがとうございました!