竹取
〜決戦前夜〜




「…………疲れた」


家の麗しき御令嬢、は誰にともなく呟いた。

本当に、今日は疲れた。

明日はいよいよジュール家の御曹司、イザークとの婚約披露宴だ。

それなのに、まだ準備は完璧にはできておらず、はつい先程まで衣装合わせのため、着せ替え人形にされていた。

次々と取り替えられるさまざまな色と形の衣装に、目眩がした。

明日の披露宴で、一体どれを着させられるのかもでさえわからない。

こんな調子で大丈夫なのかと思ったが、中止にはならないことはよく解かっていた。

あの親たちなら、たとえ明日天変地異が起きようと披露宴を強行するだろう。

それほど、の父とイザークの母は気合が入っていた。

もイザークも、今までこれでもかというほど数ある婚約話を断ってきたのだ。

婚期を逃すかもしれないと恐れていた子供たちがやっと婚約するのだ。

今まで散々心配してきた親たちは、自然と婚約発表にも力が入る。

まだ準備が完全に整ってないのも、張り切り過ぎて空回りした証拠だ。

だが、あの使用人を殺すような勢いなら、明日までにはなんとか間に合うだろう。

いや、意地でも間に合わせるに違いない。

は深夜を過ぎた今でも、馬馬車のように働かされているであろう使用人たちや業者の人たちに、密かに手を合わせた。

なぜなら彼らの苦労は、報われることがないのだから。

は屋根裏に隠してあった旅行用のトランクをごそごそと、あまり音を立てないように取り出した。

大人しく運命を受け入れる気は、さらさら無かった。

トランクの中身を確認する。

必要最低限の動きやすい衣類に結構な額のお金、偽造パスポートその他違法グッズ……。

そう、彼女は逃げる気満々だ。

婚約相手がもっとやさしくて大人しくて性格が良ければければ、家のためにと結婚してやっても良いのだが、あんなやさしくなくてうるさくて性格の悪い婚約相手は、嫌だ。

あんな相手に恋が芽生えそうな予感も、全然しない。

からかうのは楽しいと、最近思わないでもないが、相手が相手だ。

油断をすればこちらが寝首を掻かれることになりかねない。

だからとっとと、かねてからの予告通りにどこかへトンズラすることにした。

準備もすでにばっちりだ。

お嬢様らしいシンプルなドレスから、動きやすい服へさくさく着替える

異様なまでに、手際が良い。


「よし」


トランクを担ぎ、窓に手をかける。

ここは2階にある部屋だが、近くに大きな木が植わっているため、それを伝えば簡単に降りられる。

の作戦は完璧だった。





「―――あれ?」


おかしい。窓が開かない。

ガタガタと動かしてみるが、ピクリとも動かない。


「うそ」


まさか。

は急いでドアに向かった。

ドアノブをガチャガチャと回すが、開くはずの扉が開かない。



ハメられた。



逃亡防止のために、監禁されたのだ。

そう悟った瞬間、は腹の底から叫んだ。



「あの、クソ親父〜〜〜〜〜!!!!



さらに、家のお嬢様とは思えない言葉使いを連発する。

だが、どんなにが絶叫しても誰もやって来ない。

それもそのはず。

監禁用に特別に作られたその部屋は、絶叫防止にと防音効果も完備されていた。

そうとは知らないは、さらに絶叫を繰り返す。


「出しやがれ〜〜〜〜!!!!」


扉を蹴ってみるが、特別制であろうそれはびくともしない。

何度か蹴ってそれでも壊れない扉を恨めしく一睨みし、はいつの間にか床に落としていたトランクを見つけ、窓に投げつけた。


ガンッ


当然割れるだろう窓は、思いっきり投げ付けたにも関わらず、少しの傷も負わなかった。


「まさか」


さらにその辺に備え付けてあった椅子をガンガンと打ち付けてみるが、びくともしない。


「どうしてっ…」


怒りのために声が内に籠もってしまう。

それを、なんとか一気に外に押し出した。


「どうして防弾ガラスなんて使ってんのよ〜〜〜!!!」


その悲痛な大絶叫も、部屋の防音効果で外に漏れることはなかった。

真夜中の叫びも誰にも聞かれることも無く、の脱走計画は失敗に終わった。

ばしばしと、最後の悪足掻きとばかりに窓に向かって手を打ち付けるその姿は、美しい月だけが静かに見守っていた。



































「―――ん?」


「どうした?イザーク」


母のその言葉に、イザークは我に帰る。


「いえ、何でもありません」


何かヘンな声が聞こえたような気がしたが、気のせいだろう。


「いよいよ明日だな」


「はい」


「くれぐれも、嬢と仲良くするんだぞ」


流石に自分の息子とその婚約者の仲が悪いことは、感じているのだろう。

母のその言葉に、イザークは不本意ながらも頷くしかなかった。


「…はい」


「では明日は早いからな。早く休みなさい」


そう言い残し、エザリアは息子の部屋を出て行った。

イザークは窓辺に寄り、煌々と輝いている月を見上げた。

ほんの少し欠けた月は、どの星よりも輝いている。

ふと、黒髪の婚約者のことを思い出す。

今頃、脱走計画でも練ってるんじゃないかと、極めて真実に近いことを想像するイザーク。


いよいよ明日は、決戦の日だ。


もう、大人しく運命を受け入れるしかない。

深く溜息を吐いたイザークは、明日のためにと早々に眠りにつくことにした。




























それぞれの想いを胸に、静かな(一部うるさい)夜が過ぎていった。
























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+++あとがき+++
全然イザークとヒロイン絡んでませんね。すみません;;
流石に次回は婚約披露宴なので、ちゃんと絡んでくれるかと。
今回は、ヒロインさんの本性はこんなもんだってカンジで…(最初からバレバレな本性ですが
普段の敬語は、猫被りですので…。
っていうか、いつの間にか連載になっとりますがなコレ(何を今さら
いつまで続くかは、人気次第ですので、何かご感想があればお気軽にどうぞ。

それでは、こんな駄文をここまで読んで頂き、ありがとうございました!