竹取合戦
〜毒を喰らわば皿までも〜
「―――そう言えば、イザーク様」
先日めでたくイザーク・ジュールの婚約者になった・嬢は、何かを思い出したように口を開いた。
今日は、二人の婚約披露宴の打ち合わせのため、イザークとその母、エザリア女史は邸に来ていた。
エザリアとの父は細かい打ち合わせのため、別室で白熱した話し合いをしている。
そして今イザークとは、庭で午後のお茶会を、強制的に二人きりでさせられていた。
不本意ながら許婚になったため、二人の仲は激悪に悪かった。
そんな中、親に強制的に二人きりにさせられて、会話など弾むはずも無く
先程まで会話らしい会話も無く、淡々と紅茶をすすり、お茶請けに出されたクッキーを摘んでいた二人だが、急にがイザークに話し掛けた。
「何だ?」
「イザーク様は知っていたのですか?」
唐突な問いに、イザークは首をかしげた。
何の事を言っているのか、解からない。
「初めて逢ったパーティーの時です」
「ああ。あれか」
見合い相手として出会う前、二人はわりと大きなパーティーで、少なからず言葉を交わしていた。
「あれは、俺も知らなかった」
と逢ったのは、本当に偶然だった。
あの時、纏わり付く女共を振り払い、なんとかバルコニーに抜け出した時、彼女がいた。
月を見上げる横顔は、この世のモノとは思えないほど美しかった。
『かぐや姫は良いわよねぇ……』
そう呟いた彼女は、すぐにでも月に還ってしまいそうで
思わず声をかけていた。
言葉を交わして、イザークの周りに常に纏わり付いているどこぞのご令嬢とは、大分かけ離れた性格の持ち主だということが解かり、ますます興味が沸いた。
恋愛感情とかそういうモノでは無く、純粋な興味からだった。
すぐに、自分とはソリが合わない相手だと解かったので、さっさと別れたが。
まさかその彼女が、次の見合い相手だとは、夢にも思わなかった。
見合い会場のホテルのレストランで着物姿の彼女を見て、イザークは心底驚いた。
相手もイザークに負けず劣らず驚いていたので、多分自分と同じで見合い写真もロクに見なかったのだろう。
彼女の着物姿にかぐや姫の事を思い出し、嫌味を言ってやったが、彼女はそれにも負けずに言い返してきた。
今までイザークの過去の見合い相手のご令嬢たちは、少し突付けばすぐに泣き出すような大人しい…と、いうか頭の中身が軽い女性たちだった。
その辺では、イザークはの事をかなり買っていた。
会話をするなら、頭の回る人間としたい。
だが、それは会話だけの話だ。
それだけの事で彼女を婚約者にしたいと思う気はさらさら無かった。
もきっぱり『婚約したくない』と言い切っていたから、イザークとしてはありがたかった。
が、権力者の子供と言うのは辛いモノで
イザークたちに最初から拒否権と言うモノは無く、どう足掻いても二人は婚約する運命にあった。
『跡取りは、いざとなったらその辺で作ってくる』と言ったを、イザークは心底羨ましく思った。
自分は男だ。逆立ちしたって子供は産めない。
まぁ、よそで作ろうと思えば作れるが、それは人としてやってはいけない行為だし、実際やったらジュール家の評判は地に落ちるだろう。
ジュール家のために、身分が高くて能力も高い、嫁が必要だった。
以上に、母の厳しい条件に当てはまる者はもういなかった。
この縁談を断ったら、今度こそ母に殺される。
気に入った相手と、恋愛結婚にまで持っていくほどの気力も出逢いも無い。
不本意ながら、を捕まえなければイザークには後が無かった。
そして、なぜか売り言葉に買い言葉で、二人の婚約は成立してしまった。
二人の親たちは、それはもう喜んで、さっそくこの事を世間にも公表した。
もうすぐ大々的に婚約披露宴まで催される。
もう、後戻りはできない。
イザークは小さく溜息を吐き、目の前に座っている許婚を見た。
趣味の良い庭園で優雅に紅茶をすする姿は、一枚の絵画を切り取ったかのように美しかった。
今までイザークと見合いをしてきた女性たちも充分美しかったが、はそれ以上だ。
そして性格も、それ以上だ。
イザークは見合い会場でに『自分に惚れさせる』的発言をかましたことを、すでに後悔していた。
あれから何度も逢っているが、お互い口を開けば嫌味や毒舌しか出て来ない。
すでに犬猿の仲だ。
そんな二人がどうやって恋愛にまで発展するのか、まったく見当がつかない。
このままズルズルと結婚まで行ったら、は確実に結婚当日に月にでもトンズラする。
そんな気がしてならない。
「……何か用ですか?」
がイザークの視線に気付き、訝しげに見詰め返した。
「用件があるなら、完結にどうぞ」
もはや婚約者に対する態度じゃない。
「いや、別に用は無いが。……いつまで話し合ってるんだろうな」
の父とイザークの母は、披露宴の打ち合わせをもう長いこと話し合っている。
婚期を逃すと恐れていた子供が、やっと婚約したのだ。
子供たちとは対極的に、これでもかと言うほど、二人は張り切って披露宴の準備を進めていた。
「本当に。これでは結婚式が思いやられますね」
「…結婚する気、あったのか?」
『月に逃げてでも、結婚してやんない』と言っていたのに。
だがは、猫を被った顔でにっこり笑って
「恋愛結婚させて下さるのでしょう?」
と、イザークに返してきた。
それはもう綺麗に笑っているが、その顔が語っている。
やれるもんなら、やってみろ。
すぐにでも、どこかにトンズラしそうな勢いだ。
「イザーク様といても、恋愛感情のカケラも抱いたことが無いのですが……」
いつ、恋愛させてくれるのですか?
グサグサと、イザークの痛い所をかなり的確に突いてくる。
今まで、放っといても異性が寄って来たイザークには、こんな事は初めてだった。
だから、全く持って勝手が解からない。
「いい加減、どっかに雲隠れしますよ?」
にこにこと、笑いながら問題発言を連発する。
遠くから見れば仲睦まじくしか見えない二人の空気は、どこまでも冷たかった。
「だからその時は、MSで追い掛け回すぞ」
言われっぱなしで、かなり劣勢のイザークは、なんとか言い返す。
はその言葉に、意外にもきょとんとした顔をした。
「MS、乗れるんですか?」
「……俺の職業、何だと思ってるんだ?」
これでもザフト軍のエリートパイロットだ。
馬鹿にしてるにもほどがある。
「………何でしたっけ?」
目線をそろりとイザークから外しながら、はバツの悪い顔をして呟いた。
本気で、知らなかったらしい。
「軍人だっ!見合いの席で何を聞いていたんだ?!」
「何も聞いてませんでした」
はきっぱり言い切った。
今の今まで許婚の職業も知らなかったに、イザークはこの少女の新たな一面を発見した。
は猫を被らせればどこまでも完璧な人間を演じられるが、素の顔はどこか抜けている。
「……何ですか、その呆れた顔は?」
「別に。それより、いつまで敬語を使っているつもりだ?」
は、イザークに対しずっと敬語で通してきた。
内心は敬語など使っていないだろう事が想像できるだけに、ここまで敬語を使われるのは気色が悪い。
「やっぱり、嫌味には慇懃無礼なほどの敬語が効果的かと思いまして」
さっぱりとした笑顔で話す。
どこまでも、性格が悪い。
「そう言えば、イザーク様は今晩うちでお食事なさいますよね?」
イザークとエザリアは、今日はこのまま家の夕食に招待されている。
「ああ」
敬語を直す気は無いらしい。
イザークは諦めて、に話しの先を促がした。
「誰が作るか、知ってますか?」
「いや」
なんだか、嫌な予感がしてきた。
「全部、私の手料理なんですよv」
それはもう楽しそうに、は弾んだ声で言った。
の満面の笑顔に、イザークは不安になる。
「……毒でも盛るんじゃないだろうな?」
可能性は、かなりある。
「さぁ、どうでしょうね?」
含み笑いを漏らすは、完全にイザークの反応を楽しんでいた。
「俺は絶対に、食べないぞ!」
どんな味がするかも、解かったもんじゃない。
「でも、イザーク様が先程から食べているクッキーも、私の手作りですよ?」
イザークは手に持っていたクッキーを、思わず落とした。
普通に美味しかったので、買った物だろうと疑いもせず食べていた。
「ついでに、その紅茶も私が煎れましたから」
「そんなもん、メイドにでも煎れさせろっ!!!」
「まぁ酷い!私の趣味を奪うつもりですか?」
「随分とイイ趣味をしているな」
「イザーク様の民俗学ほどではありませんわ」
全く持って、似合ってない。
「余計なお世話だっ!」
言葉にしない言葉を読み取り、イザークは吼えた。
そんな事、自分でもよく解ってるが、好きなものは好きなのだ。
睨み付けてくるイザークにも平然とした顔で、は更なる問題発言をした。
「……どうしても食べて頂けないと言うのなら、エザリア様にお話しするしかありませんけど?」
許婚の毒愛の籠もった手料理を食べないなんてマネをすれば、イザークの母エザリアは、烈火のごとく怒るだろう。
「俺を脅す気か?!」
「ありのままの事実を、エザリア様に報告するだけですが」
ついでとばかりに、エザリアにある事無い事吹き込むかもしれない。
毒入りかもしれないの手料理を食べるか。
許婚の手料理を食べないで、母親に殺されるか。
どちらにしても、イザークの身が危ない。
「…………解かった。食べる」
毒なんて入ってないかもしれないし、入っていたとしても毒の種類によっては助かるかもしれない。
イザークは自分が生き残れる可能性の高い道を選んだ。
が、してやったりと微笑む。
完全に、イザークの負けだった。
の手料理は、料理店に出しても良いほど美味しかった。
エザリアもいる手前、下手に味を変えたりもできなかったのだろう。
そのおかげか、(多分)毒も入っていないようだった。
が
半端でない量を出された上に、おかわりまで勧められた。
もういらないと断ろうとしたが、横にいる母に物凄い形相で睨まれたため、できなかった。
『婚約者の手料理を残すなんてマネ、しないわよね?』
エザリアの美しい顔は、そう語っていた。
イザークは出された料理を、全部食べさせられた。
少し腹を押せば、吐きそうなほどに。
『毒を喰らわば皿までも』
その言葉を、イヤと言うほど思い知ったイザークだった。
彼らの戦いは、まだ始まったばかりである。
後/続
+++あとがき+++
さて、今回はイザーク視点です。
…なんだか、書いてるうちにどんどんイザークがへタレになってヒロインさんが腹黒くなってしまいました;;
こんな性格悪いヒロインで良いんでしょうか?
こんな駄文を最後まで読んで頂き、ありがとうございました!