国〜学試験編〜
四日目:格闘術・午後





アカデミー入学試験四日目『格闘術』―――

やはり今日の試験も午前は講義を兼ねた練習、午後は実技試験というカンジに進んでいる。

幼い頃からさまざまな格闘術を親戚から叩き込まれたには、かなり楽勝な種目だったが、本気を出せないのはつらいことだった。

やられたら100倍にしてやり返すのがの信条だ。

やられっぱなしの状態で、果たして理性がもつのか…かなり不安だった。

午前の練習はなんとか無事に過ごせた。

問題は、これからの実技試験だ。

は信じてもいない神に祈りながら、実技試験に挑むのだった。




























(―――っていうか、弱っ)

対戦相手の拳が、の頬を掠める。

それをギリギリで避けたは、さらなる攻撃も難なくかわす。

本当はもっと攻撃を受けた方がいいのだろうが、こんな雑魚キャラに殴られるなんて、プライドが許さない。

先程少しダメージを受けて減点をくらったのだから、後はもう避けるだけでいいだろう。

このまま制限時間まで自分が攻撃を加えなければ、相手の勝ちだ。

はひょいひょいと敵の攻撃を避けまくっていた。

(早く終わんないかなぁ…)

いい加減、イライラしてきた。

流石にコーディネイターだけあって、一つ一つの動きは凄いものがあるが、隙が目立ち過ぎている。

攻撃の流れと言うモノが全然解かっていない、素人の攻撃だ。

まぁ、ここにいるほとんどの人間が格闘訓練なんて受けたことの無い素人なのだから、しょうがないのだが…。

かなり不満タラタラだった。

もう少し、強い奴と戦いたかった。

の人間と戦っている時のあの高揚感や緊張感が全然無い。

それはとても退屈なモノだった。

ビッ…

「……っ!」

考え事をしながら避けていたら、相手の攻撃が掠ってしまった。

ピッ

機械音と共に、自分の持ち点が少し下がる。

「このっ…」

掠っただけなのでたいした事は無いが、異様にムカつく。

思わず反撃しようとした、その時―――

ビーーーッ

「そこまで!」

電子音と同時に、審判の声が上がった。

勝者として対戦相手の名が上げられるが、そんなこと構ってられなかった。

イライラと、休憩室へ向かっていく。

自販機にミネラルウォーターを吐き出させ、乱暴に蓋を開けて自棄酒のごとくゴクゴクと一気飲みする。

「…………っぷは〜」

やっと人心地付いたは、ベンチに身体を投げ出しながら盛大に息を吐き出した。

今にも暴れだしそうな自分を、なんとか宥める。

まさか、負けるのがこんなにムカつくなんて思ってもみなかった。

あそこで耐えた自分を褒め称えてやりたい。

想像以上の屈辱に、空のペットボトルを片手でベコッと凹ませ、そのままゴミ箱へとシュートする。

ゴミは綺麗に弧を描いて入ったが、別段何の感情もわいてこない。

(帰ったらミゲルの奴、ボコボコにしてやるっ!)

は、ここにはいない従兄にこの試験で溜めたストレスを、全てぶつけてやろうと決意した。

そしてミゲルの死刑執行をうっとりと思い描いていた時、ふいに声をかけられた。


「あ、!」


声のした方を見ると、柔らかな緑の髪の美少年がこちらに向かって走ってきた。

「えっと…ニコル、くん?」

「ニコルで良いですよ」

にっこりと天使のような笑みで微笑まれ、つられても微笑み返す。

(くぅ!可愛いVv)

お姉さんはこの笑顔のためなら犯罪者になってしまいそうだ。

ニコルはの隣に腰掛けると、ふぅっと溜息を吐いた。

「結構キツイですね〜」

「だねぇ」

精神的にもかなりキツイ事になっているは、ニコルの言葉に素直に相槌を打った。

「ニコルは勝ってる?」

「はい。今の所、3位くらいです」

さらりと言われた順位に、くらりとする。

(こいつもエリートかよ…)

聞けば今までの成績は、朝のメンバーで上位を占めていた。

試験に落ちるのを目指しているとしては、あまりお近づきになるべきではない相手ばかりだ。

そろいもそろって美少年ばかりでなければ、全然関わり合いにはならなかっただろう。

は、どうですか?」

「ん〜、さっき負けちゃった」

思い出すのも嫌だが、は何食わぬ顔で答えた。

俯き加減で、少し残念そうにすることも忘れない。

「次がありますよ!」

ニコルが励ますように言ってくれる。

本当に、お姉さんは犯罪者になりそうです…。

「……あっ!」

「なに?」

ニコルが、慌てたようにの腕を取った。

、ここ!血が出てますよ?!」

「え?あ、ホントだ…」

先ほどの対戦で受けた傷だろう。

かすり傷程度だが、血がじわじわと滲み出ている。

怒りのせいで痛みも吹っ飛び、全然気づかなかった。

「痛くないんですか?」

ニコルが心配そうに傷を見ながら訊いてくる。

「あんまり…そう言われるとなんだかじくじくしてきたかも?」

傷に気付いたとたんに痛覚も戻ってきたのか、だんだん痛み出してきた。

「医務室行きましょう!」

「え?大丈夫だよ……」

「行きましょう!」

強く言われて、はこくんと頷いた。

ニコルが優しく腕を引いて医務室へと促してくれる。

その姿に、は密かに感動していた。

いつも怪我したって『生きてる証拠だ』と笑い飛ばされて放っぽとかれてしまうのだ。

感動せずには、いられない。

そうこうしているうちに、医務室に着いた。



「先生…いないみたいですね」

ノックをして中に入ってみたが、誰もいなかった。

医務室特有の医薬品の匂いが、鼻にツンと付き纏う。

ニコルはを椅子に座らせ、テキパキと消毒液を用意する。

「他に、怪我している所ありませんか?」

「別にないと思うよ?」

どこか疑問系のの言葉に信用できないのか、ニコルに袖を捲くられる。

「あっ!」

ニコルの視線の先には、痛々しい大きな青痣があった。

「こんな大きな痣まで…!」

ニコルがの腕にくっきりと残る大きな痣を見て息を呑む。

「いや、それは……」

この間遊びに来た親戚の叔母様に空中殺法をかけられた時のモノだ。

ちなみにその叔母様もザフトでも名の通った軍人で、いつもに逢う度に高笑いをしながら必殺技をかけて下さる。

可愛い姪っ子に痣ができても『そんなの舐めときゃ直る』とにこやかに言い切って治療もしてくれない素晴らしいお方だ。

「女の子の身体に、こんなこと…」

治療をしながら不機嫌そうに言うニコルの言葉に、は泣きたくなった。

こんなことしたのは、いい歳した立派なレディーですと言ってやりたい…!

「……さっきの対戦相手、なんて名前ですか?」

「ん?え〜と、確か……」

すでに忘れかけている対戦相手の名を、懸命に記憶の底から引っ張り出して口に乗せる。

それを聞くとニコルは、にっこりと鮮やかに微笑んだ。

大変可愛らしい笑顔だが、なにやらきな臭さを感じてしょうがない。

「…ニコル?」

ナニをする気なんですか?という言外の問いかけに、ニコルはその可愛らしい笑顔のまま答えた。


は、知る必要のないことですよ


その瞬間、は目の前の少年の黒さを知った。

お仲間的な腹黒さだが、底の知れない腹黒笑顔だ。

こんな可愛い顔なのに、もしかしたらより黒いかもしれない…。

「そ、そう…。手当てありがとうね」

はあまり深く突っ込まないことにした。

知〜らないと、心の中で小さく呟く。

「どういたしまして。あ、よかったら夕食もご一緒しませんか?」

先ほどとは打って変わって真っ白なニコルのその言葉に、はにっこりと頷いた。

「ええ。是非」
























その夜、一人の受験生が謎の体調不良でアカデミーを去って行ったらしい。
























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+++あとがき+++
大変長らくお待たせ致しました;;
いや、果たして待ってて下さった方がいらっしゃったのかも不明ですが。。。
今回はニコルがお相手です。
ブチ切れるかと思ったヒロイン。意外に粘ってます(笑)
まだまだ猫被ってもらいますよ〜。

こんな駄文をここまで読んで頂き、ありがとうございました!
よろしければ見捨てずに続きも読んでやって下さい。。。