竹取合戦
〜挑戦状を叩き付けろ!前編〜
プラントの次代を担う二世代目コーディネイターの子息、令嬢たちが集うパーティー会場。
・は次々と話しかけてくるどこぞのご子息様たちにうんざりとしていた。
彼らの目的はイヤというほど解かっている。
このパーティーは、名義上はどうあれ集団見合いのようなものだ。
未来の伴侶を見定める場。
早くに婚約者を決めてしまうコーディネイターらしいパーティーだ。
中でもこのパーティーは、上流階級と呼ばれる優秀な遺伝子を持つ子息や令嬢たちが集まっている。
の父も評議会の議員。
当然強制参加が命じられたためここにいるのだが
いい加減、嫌だ。
は思春期の少女にしては珍しく、恋愛などに興味がなかった。
と、いうより、もうすでに冷めていると言った方が良いのかもしれない。
年頃になると父に散々見合いをさせられたため、ときめきより先に嫌悪感が芽生えてしまったのだ。
できることなら一生独身を通したかったが、そういうワケにもいかない。
いずれは誰か、家の利益となる要素を持った男と結婚しなくてはならない。
それは不本意ながらも納得している。
だが、はまだ結婚などしたくなかった。
それに性格上、こういうお膳立てが大嫌いなのだ。
は、先程からしつこく自分に付き纏ってる男たちを見やる。
男たちはの興味を惹こうと必死に今流行りの映画やスポーツの話をしている。
にしてみればそれこそ興味が無い話なのだが、男たちは気付く様子も無い。
そんな彼らには終始笑顔を振り撒いて、適当に相槌を打つ他なかった。
なまじ蔑ろにできない相手のため、冷たい態度もとることができない。
(…ったく、下心が見え見えなんだよ。馬鹿男ども)
笑顔の下で、は令嬢らしからぬ毒舌を脳内で繰り広げていた。
男たちは皆の名とその容姿に惹かれてやってくるのだ。
恋愛感情などカケラとて無く、の名と人形のように美しい娘が欲しい者たち。
は自分の価値というものを、イヤというほど解かっていた。
華奢な体に雪のように白い肌。それに対比した漆黒の髪と瞳。
コーディネイターの中でも一際目立つ美貌とすらりとした肢体。
それに加えて父は評議員で身分も申し分ない。
ほっといてもこうして男が群がるくらいにははモテた。
男に興味の無いにはいい迷惑だったが。
「―――それで嬢、今度その映画を嬢とご一緒したいのですが…」
「まぁ、ごめんなさい。私、しばらく(あんたのために取る)休暇がございませんの…」
清楚な美しい令嬢としか見えないにアタックする男は、こうしての拒絶の言葉にばっさり切られる。
本心はどうあれ、表面上は本当に申し訳無さそうな表情を崩すことが無い。
それでもしつこく迫ってくる輩には、巧みな話術とさり気ない毒舌でもって撃退するのだ。
数多い見合い相手も、そうしてすべて破談にさせてきた。
その難攻不落さに興味をそそられ、さらに男が寄って来るのだがそれも容赦なく叩き落とされる。
可憐で清楚な花にしか見えない少女は、実は毒を塗りたくられた刺付きの花だった。
小娘と油断して近づくと、一生モノのトラウマを心と体に刻み込まれることとなる。
「それでは、他にも挨拶がありますので、私はこの辺で失礼致しますわ」
「嬢……!」
は群がっていた男たちをあっさりと振り切り、他の輩に捕まる前にバルコニーへ出て行った。
幸いにも、バルコニーには以外誰もいない。
夜の闇が彼女の漆黒の髪と深い蒼のドレスに溶け込んで、の存在に気付く者もいなかった。
澱んだ室内の空気が嘘のような新鮮な外の空気に、そっと溜息を吐く。
猫を被るのも、かなり疲れる。
「……また帰ったら、怒られるんだろうなぁ」
ちょうどパーティー会場から見えない、奥まった所にあるベンチに腰掛け、呟く。
条件の良い上流階級の子息ほど早く許婚が決まってしまうため、昔から父はの嫁入り先を確保しようと、必死だった。
娘の性格上、このままでは売れ残ってしまうのをひしひしと感じているのだろう。
今回のパーティーもさっさと戦線離脱したことが知れたら、24時間耐久のお説教が始まりそうだ。
(っていうか、婚約できたとしても、本性知られたら間違いなく婚約破棄されるって)
見合い写真と睨めっこする父に何度そう突っ込みたかったことか。
だが鬼気迫る父の表情に、恐くてとても言えなかった。
そんな父の鬼気迫る表情も、最近ますます険しくなっている。
そろそろ、年貢の納め時かもしれない。
「たった16で年貢の納め時かよ…なんか空しい」
生涯独身もしてみたかったが、恋愛というモノも一度くらいはしてみたかった。
これまでの見合い相手の男たちを思い浮かべると、そういった感情が一切期待できないことも解かっている。
ただ人形扱いされるだけだ。
それだけは、我慢が出来なかった。
(私は、人形じゃない!)
何度そう叫びたかったか。
だが言い寄る男たちはの心の叫びも気付かず、をモノ扱いするだけだった。
まぁ、そういう男たちは、が綺麗なだけの人形じゃないことを嫌と言うほど思い知らされたが。
は、もう一度溜息を吐く。
何とはなしに、夜空を見上げる。
作り物の宙には、作り物の月が浮かんでいた。
今夜は満月のようだ。
丸い月を見上げていると、ふと幼い頃母がよく話してくれた御伽噺を思い出した。
「かぐや姫は良いわよねぇ……」
居並ぶ求婚者たちに無理難題突きつけて、いざとなれば月にトンズラできるんだから。
今の時代、月にトンズラできないこともないが、あそこは確か地球連合軍の基地がある。
敵であるコーディネイターの自分には、無理な話だ。
そんな風に考えると、人類最古のSF小説も、夢が無い。
「―――かぐや姫になりたいのか?」
突然声をかけられ、は心臓が飛び出るかと思った。
声の方を見ると、自分とそう歳の変わらない、銀の髪をした一人の少年が佇んでいた。
近くに人がいるなんて、全然気付かなかった。
一体いつからいたのだろう。
独り言をずっと聞かれていたかもしれない。
それを思うと羞恥心と怒りで頬が赤く染まる。
何も答えないに、少年が再度問いかけた。
「かぐや姫に、なりたいのか?」
暗くて表情まではよく解からないが、かなり整った顔立ちをしていることは解かった。
「おい、オレの質問に答えられないほど馬鹿なのか?」
その言葉に、は我に返った。
「初対面の人間に対して、随分とお言葉が過ぎると思いますけど?」
少年の偉そうな態度にカッとなり、はきつめの口調で言い返した。
皮肉には皮肉で返すのが、の礼儀だ。
敬語で返したのはここが上流階級の集まるパーティー会場だからだ。
この場にいて、尚且つそんな態度をとれるのは、余程身分の高い者なのだろう。
(これで私より身分低かったら、ぶっ殺す)
物騒な、とても名家の令嬢とは思えないことを心に誓った。
「ふん。まずは人の質問に答えるのが先だと思うが?」
少年はの皮肉も軽く受け流し、に質問の答えを促す。
そんな少年の態度に、は常に貼り付けている笑顔が引き攣るのを感じながら、半ばヤケになって答える。
「―――そうですね。なれるものならなってみたいですわ」
「育ててくれた翁たちを置いて、とっとと月に還ってしまう薄情な姫君にか?」
少年の言葉に、は少なからず驚いた。
日系の自分はともかく、地球にある小さな極東の島国の御伽噺など、誰も知らないだろうと思っていたから。
見合い相手や先程に纏わり付いていた男たちなどは、絶対知りもしないだろう。
それを思うと、この失礼極まりない少年に、少し興味が沸いた。
「…ずいぶんと、詳しいのですね」
「お前こそ。竹取物語なんて、普通知らないぞ」
「うちの家は日系なので、日本の昔話はたくさん聞かされてましたから。そう言う貴方は?」
「趣味が民俗学なんだ」
「どおりで……」
題名まで知っているはずだ。
「オレは、かぐや姫はあまり好きじゃない」
「私は好きです」
居並ぶ求婚者たちをバッサバッサと切り捨てていく様は、今のには羨ましい以外の何者でもない。
まぁ、ここに父がいたら『お前も似たようなものだろう!』と突っ込みが入ったかもしれないが。
「…性格悪いな」
「お互い様でしょう?」
少年とは、どこか挑戦的に微笑を交わした。
はたから見れば、似合いのカップルが麗しく微笑み合ってるようにしか見えないが、漂う空気はどこまでも冷たかった。
どこまでも偉そうな少年の態度と口調に、好意的な感情など抱けるはずもない。
ズバリ本音を言ってくれる分、先程の男たちよりはまだマシだとは思うが。
だからかもしれない。もつい本音を言ってしまうのは。
上流階級の者を相手に、こうも本性を表すのは初めてのことだ。
これ以上この少年と一緒にいたら、つい素で反応してしまうかもしれない。
ここはボロが出る前に、さっさと退散しよう。
「―――それでは、そろそろ失礼します」
「ああ。またな」
「ええ。また逢えれば…」
少年は引き止めることも無く、あっさりとを解放してくれた。
やはり、先程の男たちとは大違いだ。
口も性格も悪かろうが、この辺のことは他の馬鹿男たちに見習って欲しい。
名前も知らない少年の好感度が、少し上がった瞬間だった。
ふと宙をもう一度見上げると、作りモノの月が憎たらしいほど綺麗に輝いていた。
続