〜逃者の一日〜





「…………そろそろイイかな?」


そうそっと呟き、もぞもぞと魚の形をした遊具の中から這い出してきた青年の名は、ミゲル・アイマン。

長時間縮こまっていてすっかり固まっていた筋肉を、ゆっくりと伸びをしてほぐしていくと、あちこちミシミシと音を立てた。

現在彼はワケあって、実の従妹から逃亡中の身だ。


「はぁ……ったく、ついてないぜ」


別に運が悪いわけではない。

今のこの不自由な状況は、現金にIDカード、その他諸々の重要なモノを詰め込んだ大事な財布を家に忘れたのが原因だ。

ちなみに普段は可愛いのに、怒らせたら超凶暴化する従妹を激怒させたのも、彼が原因だ。

自業自得としか、言いようが無い。


「IDカードさえあればなぁ……」


真っ赤な夕焼け空に、虚しく呟いてみる。

財布は無くとも、IDカードさえあったならば、軍の友人のいる他のプラントに逃れられたのだ。

それさえできれば、遊んでいるお子様たちに白い眼で見られながら遊具の中に潜んでいる必要も無かったし…。

昼間の事を思い出して、ミゲルはひっそりと涙した。

ZAFTで『黄昏の魔弾』という通り名で周囲に一目置かれている軍人とは、到底思えない姿だった。

よっこらせと自分を叱咤して、次の行動に移る。

あまり人には見られたくない姿だが、暖かい寝床を確保するためにはやるしかない。

ミゲルはガサゴソと、近くのゴミ箱を漁り始めた。

こんなしょっぱいのは、アカデミーで宿題を忘れて廊下に立たされた時以来の事だ。

もしくは、サバイバル演習で炊飯に失敗して自分の班だけ食事抜きだった時以来か…。

意外にしょっぱい事多いじゃんと、自分の人生を振り返ってまた涙が一粒こぼれ落ちた。


「ちぇ、シケてんな〜」


目当ての新聞とダンボールが、思ったより少ない。

これでは、立派なお家が作れないじゃないか。


「ママ〜、あのお兄ちゃんナニしてるのぉ?」

「しっ、見ちゃいけません!」


そんな微笑ましい親子の会話が聞こえてきても、ミゲルはめげずにゴミ箱を漁り続けた。

数件のゴミ箱を梯子して、やっとマシな家が作れそうになった。

ミゲルのお家建設はさくさく進んでいったが、しょっぱさは拭えない。

この虚無感は何だろう…。

その時、ミゲルの背筋にビリッと電流が流れた。

この、戦場のような感覚は……


(…………っ殺気!)


恐る恐るゆうっくりと殺気のする方角へ振り返ると、そこには大きな犬と、小柄な少女の姿。

見まがう事無き、ミゲルの従妹のと彼女の愛犬タマであった。

が心底嬉しそうににっこりと微笑む。

その戦慄の微笑みに、ミゲルの心臓が凍りつく。


「タマ、ミゲル捕獲!」

「ワウ!」


不思議な事に、身体は凍りついたように冷たいのに、無意識に動いていた。

人間の生存本能って、素晴らしい。

だがそんな生存本能も、野生の狩人にはかなわなかった。

あまりにもあっさりと、地面に押し倒される。


「ひぃっ!ゆ、許し……!!!」

「覚悟は出来てんでしょうねぇ?」


思わず許しの言葉を必死に紡ぐが、には当然そんな言葉は聞こえない。

ポキペキと指を鳴らす音が、ミゲルの恐怖を更に煽っただけだった。


「ちょっ!待っ……!!!」

「問答無用」


慈悲深さなど欠片もないの声が、無情に響き渡る。

恐怖と絶望と苦痛に満ちたミゲルの悲鳴は、遠く離れた彼の弟のもとまで届いた……そうな。

















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+++あとがき+++
最期はやはり、ミゲル兄さんでシメてもらいました。
しょっぱいミゲル兄さん、書くのが異様に楽しかったのは言うまでもありません(笑)
むしろこの話、ゴミ箱を漁るミゲル兄さんを書きたかったが為にやったようなものです。
……ファンの方、本当にごめんなさい;;

休暇編はこれにてやっとこさ終了です。
これから学園生活編考えます(コラ
お付き合い下さった皆様、のろのろ過ぎてすみませんでした;;

それでは、こんな駄文をここまで読んで下さり、ありがとうございました!