「あーーー!」


朝のヴェサリウスに、少女の絶叫が響く。

絶叫した少女、はカレンダーを前にして呆然と呟いた。


「………忘れてた」


今日は10月29日。

同僚で桃色の片想い中のアスランの誕生日だ。

カレンダーにはハートマークで印がつけられている。

絶対絶対、忘れないようにしていたのに…!

それにもかかわらず、すっかりきっぱり忘れていたのは、その更に二日後に大々的に印が付けられていたせいだ。

10月31日は、ハロウィン。

お菓子あげたり貰ったり奪ったりコスプレしたり…と楽しみにし過ぎて、肝心の好きな人の誕生日をすっかり忘れていたのだ。

、一生の不覚だ。

自分は恋する乙女として、絶対的に欠けている気がする。

一瞬本格的に悩みそうになったが、今はそれどころじゃない。


「プレゼント!」


普通に用意していない。


「あああああ、やっぱこの前の休みにやっぱ買っとくんだった!」


まだ日にちがあるからと、油断したのがいけなかった。

いや、それよりむしろハロウィンのための買出しをしていたのがいけなかったのか。

ハロウィンのお菓子は、手作りにするつもりで明日作ろうと思っていのだ。

まだ材料も今日の補給が来ない限り完全には揃わないし、第一いかにもついでな感じがしてしまう。

今年は気合を入れて祝おうと思ったのに…!


「どうしよう……」


ここはやはり、お祝いだけ述べてプレゼントはもう少し待ってもらうか。

ひたすら良い人でお人良しなアスランなら、苦笑しながらも許してくれそうだ。

だが、『ハロウィンの方に夢中で、すっかり忘れてた』なんて理由を聞いたら、ねちねちと泣き出しそうだ。

当然、心象も悪いだろう。

それは不味い。非常に不味い。


「こ、こうなったら……!」


今日は徹底的に避けて避けて避けまくってアスランと顔を合わせず、プレゼントを明日渡せるようにするしかない。

お祝いしようとしたけど忙しくってすれ違っちゃった事にすれば、正当な理由にもなる。

一日あれば、何かしらプレゼントは用意できるだろうし。


「よし!」


好きな人の誕生日に会えない上、おめでとうも言えないのは辛いが、嫌われるよりはマシだ。

は握り拳を振り上げて、えいえいおーと気合を入れた。








































見なかったか?」


アスランの問いに、一同は顔を見合わせ首を振った。


「あれ?さっきまでいたんだけどなぁ……」


「なんだか慌しく出て行きましたよ」


「そうか…」


アスランは軽くため息を吐いた。

渡さなきゃいけない書類があるのに、朝からずっとが捕まらない。

もう散々、捜し回っているのに。


「あ、そういえば今日ってアスランの誕生日じゃないですか?」


「ああ、そういえば……」


そうだったような気もする。

宇宙空間にいるためか、日にちの感覚が全然無くて自分でも気がつかなかった。


「へぇ〜、そりゃおめでとさん!」


「おめでとうございます、アスラン!」


その場にいたミゲルやニコルを始めとしたクルーゼ隊の同僚たちが、口々にお礼を言ってくる。

それに軽く応えてしばらく世間話をすると、アスランはを捜すために、出口へと向かった。







































アスランの気配がし、は足早に談話室を出て行った。

慌てて通路の角を曲がったちょうどその時、アスランが談話室に入って行くのが見えた。


「ギ、ギリギリセーフ…!」


アスランもこちらに用があるらしく、朝からを捜しているらしい。

アスランとのかくれんぼは、そんなこんなですでに半日以上が経過していた。

神経を張り詰め過ぎて、いい加減疲れが溜まってきた。

アスランが自分を捜しているなんて、普段なら尻尾を振って飛んでいくのに、哀しいかな、今日はそれができない。

こんな状態がまだまだ続くなんて、辛過ぎる。

しかも、まだプレゼントを何にするかも決まっていない。

そろそろ、限界を感じてきた。

談話室から、同僚達の会話が漏れ聞こえてくる。

誕生日の話になったらしく、皆口々にアスランにおめでとうを言っている。


「うぅっ……」


あの輪の中に入りたくてしょうがない。

むしろ最初からあそこにいれば良かった。

は自分の浅はかさを呪った。

皆も誕生日プレゼントなんて勿論用意してないんだから、あの場でなら軽く流してくれたかもしれない。


「でも、それもんなんだか切ないし〜」


今も充分切ないのだが、友達として流されるのも切なかった。

通路にまで、皆の笑い声が響いてくる。


「うぅ…アスランのばっきゃやろーーー!


どうしてこんな中途半端な日に生まれてきたんだーーー!

誕生日プレゼントを用意していなかった自分が一番悪いくせに、は泣きながら通路を爆走して行った。






































「せめて後2日遅く生まれてきてくれればなぁ…」


泣きながら整備室まで駆け込んだは、愛機MSのコクピットで小さく体育座りしながらまだいじけていた。


「いや、ハロウィンが後2日早ければ良いのか?」


そうすればハロウィン+アスランの誕生日として、堂々と大々的にパーティーができるのに。

そうすれば、アスランの誕生日を絶対忘れなかったのに…!

しょうもない事を考えながら、自己嫌悪で一杯になっていく

はたから見たらかなり怪しい姿だが、幸い周りには人影は無かった。

更にはぶつぶつとねちっこく呟き続ける。

あの輪の中に入れなかった事が、よほど悔しいらしい。


「アスランの馬鹿ぁ〜」


ここぞとばかりに、八つ当たり以外の何者でもない叫びをは上げた。


「誰が馬鹿だって?」


「え?」


突然振ってきた声に、は心臓が飛び上がるほど驚いた。

その声の主の正体は、お約束な事に……


「ア、アスッ……!」


アスラン

とは、流石のも続けられなかった。


「誰が、馬鹿だって?」


にっこりと迫力の笑顔で詰め寄ってきた、クルーゼ隊の天下無敵のエースパイロット、アスラン・ザラ様。

かなり恐い。

めちゃくちゃ恐い…!


「もしかして、聞いてた?」


恐る恐るのその問いに、アスランはいっそう凄みのある笑みを深めて答えてくれた。


「うん。は俺が馬鹿だと思っているらしいね」


ばっちり聞かれている。

しかも、相当怒っているのか、愛機のコクピットに捻り込み、扉まで閉められた。


「いや、ほら、これはそのっ、言葉のアヤでして……!」


退路を完全に断たれたは、もはや逃げる事もできず、必死に弁明する。


「ほっほら、もうすぐハロウィンじゃん!アスランの誕生日と近いなーって……」


の必死の誤魔化し弁明にも、アスランの妙な迫力のある笑顔は崩れない。


「でさ、どうせならアスランハロウィンに生まれてきてくれてれば忘れずに…じゃなくて、一緒にパーティーとかできてお得だったのになーって」


もはや当初の目的を忘れ、必死こいて隠そうとしていたものまで、ぶちまけつつある

だんだん口調まで愚痴っぽくなってきた。


「いや、別にアスランの誕生日忘れてたわけじゃないんだよ?カレンダーにもばっちり書いてあったし……」


でも、ハロウィンの方が忙し過ぎてね……


要するに、忘れてた。

冷静に考えれば、そうなるのだが、すでに自分でも何を言っているのか解からなくなっているは、その辺気付いていない。


「「…………………」」


沈黙が、重く圧し掛かる。

何でも良いから言ってくれ、アスラン。

そんなの願いも空しく、アスランは一向に喋る気配も無い。


「ア、アスラン!」


沈黙に耐え切れなくなったは、また口を開いた。


「何?」


「え〜と……お誕生日おめでとうございます?」


何故に疑問系。

心の中で自分で思いっ切り突っ込んだ。


「ありがとう」


アスランは、心底嬉しそうに微笑んでくれた。

もちろん、先程までの迫力のある笑顔と違う、本当に嬉しそうな笑顔で。


「で?」


「はい?」


「プレゼントは?」


貴方、皆には請求しなかったじゃないですか!

そんな突っ込みも心の中で盛大に叫ぶが、小心者ゆえ口には出せない。


「ええとっ…だからプレゼントは〜」


しどろもどろのに、アスランは思わず苦笑した。


「まぁ、の事だから、ハロウィンに浮かれて忘れてるだろうとは思ってたけど」


解かってるなら請求しないで下さい。

そんな突っ込みももちろん口にできずに、すでに涙目になった瞳でアスランを見上げる。

アスランは、そんなを見て更に苦笑を深めた。


「じゃあ、今年はハロウィンとプレゼント一緒で我慢してあげるよ」


ちょっと早いんだけど、今貰うね。


「え?でもまだハロウィンも用意してな……」


「大丈夫だよ」


言葉の途中にも拘らず、濃くなったアスランの影には身を固めた。

非情に、身の危険を感じるのは気のせいでしょうか。


「Trick or Treat」


お菓子をくれなきゃ、悪戯するぞ。




つまり

要するに……





喰 わ れ る ! ! !






、我が人生最大のピンチです。


















+++あとがき+++
果たしてコレは、誕生日夢なのかハロウィン夢なのか…。
全てに対して、ごめんなさい…!


アスラン誕生日夢としてフリー配布していたモノです。
※現在配布は行っておりません。