勝利の方程式
「くっそーーーーーー!!!」
ガッシャーン!
派手な音を立てて、食堂の椅子がひっくり返る。
その反動で近くにいた者の食事までひっくり返り床に落ちた。
ザフトの軍服に身を包んだ兵士たちは、悲惨な声を上げるが
見事に自分の食事をひっくり返してくれた犯人に、誰も逆らうことができなかった。
犯人の名はイザーク・ジュール。
プラント最高評議会議員を母に持ち、ザフト軍クルーゼ隊所属のエリートパイロット。
当然山のようにプライドが高く、誰をもビビらせる威圧感を持つ。
それに彼の荒れているワケを兵士たちは知っていた。
きっとアレだ。アレに違いない。
こんな時は、下手に刺激しない方がいいのを彼らは身をもって知っていた。
「くそくそくそくそくそぉ!」
イザークは、さらにその辺のゴミ箱にげしげしと容赦なく八つ当たりする。
「おい、やめろよイザーク!」
一緒にいたディアッカが止めに入る。
「そろそろマジでやめた方が良いぞ」
ディアッカの声も、今のイザークには聞こえていない。
さらに激しくゴミ箱を蹴り上げる。
蹴られたゴミ箱は、すでにボコボコだ。再起不能かもしれない。
「今の音聞きつけてお掃除おばさんがやってくるぞ―――ぐぁっ」
ごんっ
「誰が『お掃除おばさん』だってぇ?」
そんな声と共に、ディアッカは容赦の無い力で頭を殴られた。
ディアッカを殴りつけたのは、軍にしては珍しい薄汚れた作業服を着た女性兵だった。
「……痛ってえ、ホントのことじゃん」
げしっ
「あたしはまだ二十三だ!」
今度は脛を蹴られたディアッカは、痛みでもう反論することもできなかった。
女性は次にイザークをぶん殴った。
「―――っ、何すんだ!!」
「そりゃこっちのセリフだ!まぁた人の仕事増やしてくれて!!」
彼女の名前は・。
目元がきつめだが、物凄い美貌の持ち主だ。
ついでに性格もかなりきつい。
一般兵では誰も逆らうことのできなかったイザークやディアッカを殴りつけるくらいには。
そのせいか艦内では『迫力美人』として有名だった。
そしての担当は艦内の清掃だ。
食堂や談話室の清掃はもちろん、果てはMSまでも洗っていた。
狭い艦内でも掃除するところは果てしなくある。
なのでよくキレて艦内を汚すイザークとはいつも衝突していた。
「どうせ、またアスラン君に負けたんでしょ?」
周りの者たちが誰も言えなかった、イザークが荒れた原因ををあっさりと口にする。
「………っお前には関係ない!」
ずばり言い当てられ、イザークはかなりバツが悪そうだ。
べしっ
と、また頭をはたかれた。
「何すんだ!!!」
「年上のお姉さまに向かってお前はとは何だ。お前とは!」
イザーク相手にこうもポンポンものが言えるの者もそうはいない。
おまけにべしべしばしばしと攻撃しながら。
流石のイザークも女性を反撃するわけにもいかず、手が出せない。
「―――ふんっ」
「あ!ちょっと、どこ行くのよ!散らかした物片付けていきなさいよ〜!」
イザークは、の言葉を無視して、自室に向かった。
「―――くそっ」
あと一歩、あと一歩でアスランを負かせたのに―――
イザークは、自室で今日のシュミレーションを思い返す。
今日は本当にギリギリのところまでアスランを追い詰めたのだ。
だが、結局負けてしまった。
いつもそうだ。ギリギリのところでかわされて負ける。
それが悔しくて仕方がない。
「こら、そこの少年!こんな暗いトコに居ちゃ、根性まで腐るぞ?」
あ、もう腐ってるか〜
と、突然声をかけられる。
扉を見ると、が立っていた。
部屋のロックをかけ忘れていたらしい。
パチッ
部屋の明かりをつけ、が入ってきた。
「おい、勝手に入ってくるな!」
「冷たいなぁ…」
暴言を吐きながら入ってきた人間に、友好的な感情が持てるはずがない。
イザークはを睨みつけるが、本人は気にする事もなくズカズカと入ってくる。
「不法侵入で訴えるぞ」
「あの後、食堂の後始末したの誰だと思ってんのよ」
はイザークのベッドにどっかり座ってくつろいでいる。
「何しに来たんだ?」
「ディアッカが置いてけぼりにされて泣いてたわよ〜?」
「……それだけ言いに来たのか?」
「んなワケないでしょ。はい、差し入れ!」
は手に持っていたアイスコーヒーを差し出した。
「ふん、お前なんかに差し入れされる覚えはない」
「あ、またお前って言った!いいですよーだ!もうあげないんだからっ!」
はそのままアイスコーヒーを一気に飲み干した。
大人気ないその態度に、イザークは脱力する。
(本当に何しに来たんだ?)
じっとを見ていると、イザークの視線に気付きにっこりと笑った。
らしいあっさりした媚びない笑顔。
この笑顔に皆騙されるのだ。
特におじさん連中には効果は絶大で、何か問題を起こしても、この笑顔ときつくても何故か憎めない性格で生き延びてきた。
「イザークってば、あたしが美しいからって惚れんなよ?」
「誰が惚れるかっ!!」
ウィンク交じりに言ってきたセリフに、イザークは即答した。
本当に、イイ性格をしている。
「……お前、なんで清掃員なんかに所属してるんだ?」
イザークは、前から疑問に思っていたことを口にした。
の性格なら、パイロットにでもなって敵を打ち落とす方が向いてそうだ。
「う〜ん、本当はなりたかったんだけどねぇ…」
OSの書き換えもMSを動かすのも、ことごとく向いてなかったのだそうだ。
『白兵戦ならまだ向いてたんだけどな〜』とは苦笑しながら言った。
確かにの性格なら、複雑な機械を相手にするより、生身の体で戦う方が似合ってると、イザークは思った。
昔ならともかく、今時の戦争はMSやMAを使った宇宙戦が主流だ。
肉弾戦などほとんど無いに等しい。
「それでも、どうしてまだ軍にいるんだ?」
が戦える場は存在しないのに。
「他に行くトコも無いし…それに、今の仕事も結構気に入ってんだよ?」
拗ねたパイロットも慰められるしね?
「……!俺は拗ねてなんかないぞ!!」
イザークは顔を真っ赤にして反論しまくる。
「はいはい」
は楽しそうにそれを受け流した。
イザークをからかうのも、楽しみの一つに入るのだろう。
イザークとしては迷惑この上ないが。
「…いいじゃん。イザークは充分強いんだから」
あのMSに乗れるんだから。
戦うことができるのだから。
生き残るだけの力があるのだから。
「……あいつに勝たなきゃ意味がない」
「贅沢な悩み」
あたしは見ている事しかできないのに。
「あんたの勝ち負けなんてどうでも良いけど、この艦だけは護ってよね」
まだ死にたくないんだから。
「ふん、言われなくとも」
はイザークのその言葉を聞き、満足そうに微笑んだ。
「知ってる?最終的に生き残った方が勝ちなのよ?」
だから全員勝てるようにしてよね。
そう言い残し、は部屋を出て行った。
「―――勝たせてやるさ」
誰にともなく、イザークは呟いた。
「くっそーーーーーーー!!!」
ガッシャーン!
食堂の人間が蜘蛛の子を散らすように逃げて行く。
「イザークやめろって」
ディアッカが暴れるイザークを止めにかかる。
また、アスランに負けて荒れているのだ。
「うるっさい!」
イザークは性懲りもなく、食堂の椅子をガンガン蹴りつけている。
「―――ほう、良い、度胸だなぁ」
怒りが滲み出た、低ぅい声にイザークは動きを止めた。
恐る恐る後ろを振り返ると、仁王立ちしたがいた。
「…………」
は美しく微笑んでいた。
だが心の底から怒っていることは明らかだ。
目が笑っていない。
「―――このっ」
が口を開く。
「この、クソガキ共がぁぁーーーーーー!!!」
の叫び声は、艦内中に響き渡った。
後日『僕は悪い子です』と書かれた板を首に吊り下げ
イザークとディアッカが自分の機体を洗っているのが目撃された。
「なんで俺まで………」
ディアッカの哀しい呟きは、誰にも聞かれることも無かったという。
+++あとがき+++
前サイトの遺物。
前サイトで、キリ番11111をGETされた、MARIAさまに捧げました。
ほのぼのなんだかギャグなんだか微妙です。しかもドリー無(何