楽園には程遠い
―――溶けるっ
は本気でそう思った。
このままでは体が溶けて無くなってしまう。
ザフト軍の宇宙艦『ガモフ』は今、その位気温が上がっている。
先ほどの地球軍との戦いで、ガモフは今大変なことになっていた。
地球軍はなんとか退けることができたが、空調設備が無茶苦茶に破壊されてしまったのだ。
おかげで今、セ氏40℃という暑さになっている。
コーディネイターも一応は人間だ。
人間の体温よりも高いそれに、長時間いると流石にバテる。
その辺に置いてあった雑誌でパタパタ煽ってみるが、生暖かく澱んだ空気が届くだけだった。
宇宙空間のため窓を開けて換気というわけにもいかなかった。
このままでは埒があかない。
「おい、どこ行くんだ?」
突然立ち上がって談話室を出て行こうとするに、同僚のイザークが声をかける。
この部屋はまだ人口密度もそれほど無く、他の部屋より2〜3℃低かった。
ここより涼しいところは、もう無いだろう。
それに対しては
「ヴェサリウスに非難するっ」
と、扉に向かってダッシュした。
『ガモフにて待機』という隊長命令を無視しても、あそこにはきっと楽園が待っている!!
「あっ、ずりぃぞ!俺も行くっ!!!」
の言葉を聞いてディアッカも後に続く。
が
「―――あれ?アスラン、なんでここにいるの?」
扉を開けたら、ヴェサリウスにいるはずのアスランが立っていた。
アスランは、なんとも微妙な顔をして談話室に入ってきた。
「………この艦は全部この暑さなのか?」
「ここが一番涼しいはずだよ?」
「……………そうか」
アスランは、パイロットスーツを脱ぎながら溜息をついた。
どうやらここに居座る気らしい。
「アスランはヴェサリウスで待機じゃないのか?」
ディアッカのその問いに、アスランはとんでもないことを口走った。
「ああ、逃げてきた」
「なんで?!」
「ヴェサリウスも空調設備が破壊されてな、今気温は−20℃だ」
このままでは死ぬと思い、ガモフに非難してきたのだと言う。
「……………おい、どうするよ?」
どうするもこうするも無い。
唯一の避難所であるヴェサリウスが極寒地獄だ。
どちらにしろこのままじゃ死ぬかもしれない。
は、灼熱地獄と極寒地獄を計りにかけた。
暑さでこのまま溶けて死ぬか、寒さで凍って死ぬか。
ある意味究極の選択だ。
は暑いのが大嫌いだった。
暑いのより寒い方がまだ我慢できるかもしれない。
そう判断したら行動はすばやかった。
一刻も早くこんなトコとはおさらばしよう!
「やっぱりヴェサリウスに行く!!」
また扉に向かってダッシュしようとするが、アスランに押さえ込まれる。
「早まるな!あそこはもう人の住める空間じゃない!!」
「ここだってそうじゃない!」
「貴様ら!これ以上ここの気温を上げるようなことをするのはやめろ!!!」
イザークがもみ合う二人に叫び、言い争いに参加する。
彼も充分気温を上げている一人だ。
ディアッカは言い争いに参加する気力はもう無く、床に転がってだらけている。
ちなみに、彼らはまだ恵まれていた。
一生懸命に極寒地獄や灼熱地獄で艦の修理を頑張っている兵たちはわんさかいる。
彼らが今の会話を聞いたら、間違いなくアスランたちは私刑になるだろう。
「あんたたちは良いわよ!」
上半身裸になっても全然構わないんだから!
現に3人とも深紅の軍服やパイロットスーツは脱ぎ捨てられ、ディアッカなんか上半身裸だ。
だがは一応女だ。
しかも今、深紅の軍服を脱げばとんでもない格好になる。
だがもういい加減我慢の限界だった。
背に腹は変えられない。
はあっさり開き直ることにして、軍服を堂々と脱いだ。
「……なっ!」
「!?」
「おおっ!」
の今の上半身は、ほぼ下着と言って良いスポーツブラ姿。
当然へそは丸見えだ。
更に、ただでさえ他の女性兵より短くしているスカートをギリギリまで捲し上げる。
「ふう、少しはマシになった…かな?」
は羞恥心も無くさっぱりとした顔で言った。
「おおおおおお前!嫁入り前の女ならみだりに肌を見せるんじゃない!」
「そっそうだぞ!女の子がそんな堂々と…///」
イザークとアスランが、珍しく意見を合わせている。
二人とも顔が真っ赤だ。
それに対して、は馬鹿にしきった顔をして
「二人とも爺クサ〜。良いじゃん、減るもんじゃないし」
と、ケラケラ笑いながら言った。
完全にアスランたちを男として見ていない。
「大体普段女扱いして無いのに、イザークにそんなこと言われる筋合いは無いよ」
「そうそう。目の保養じゃん」
さっきまでだれていたディアッカが、元気にの味方をする。
「お前!女として恥ずかしくないのか!!!」
「別に」
は即答した。
コーディネーターとして生まれたため、スタイルも顔も悪くないので人に見せても恥ずかしい身体はしていない。
それにイザークやアスランたちのような良家の娘というわけでもない。
よって、恥ずかしいとも思わなかった。
そんなに、イザークとアスランはの顔から下をなるべく見ないようにするしかなかった。
黙っていれば文句なしの美貌。
軍人として鍛えられ、引き締まった身体。
暑さにより火照った艶かしい肌。
そして普段軍服に隠れて見られない、形の良い胸―――
お年頃の少年にコレはかなり刺激がキツイ。
ディアッカのように喜んで見物すれば良いのだろうが、あいにく二人はそんな不真面目な性格ではなかった。
「ともかく!何か着ろっ!!」
「今更イヤよっ!!!」
「着ろっ!!!!」
「絶対イヤっ!!!!!」
イザークとがギャーギャーと言い争いをする。
普段もやっていることだが、この温度でやられるとかなり迷惑だ。
シュッ
「〜、良いモノ持って来ましたよ〜Vv」
ニコルが談話室に入ってきた時には、他より温度が低かった部屋は、どの部屋よりも温度が高くなっていた。
「良いモノ?」
「はいv」
の格好に動じることもなくニコルは手に持っていたものをに手渡した。
「ひゃっ冷たい!あ、アイス?」
手渡されたそれは冷え冷えのカップアイスだった。
冷たく冷やした銀のスプーンまでついている。
「食堂から貰ってきたんですよ」
「わ〜vありがとうニコルVv」
「ニコル、俺たちのは?」
「あるわけないでしょう?」
ディアッカが期待を込めて訊いてきたが、ニコルは黒い笑みを浮かべながら即答した。
「おいひ〜Vv」
がアイスを幸せそうに頬張る。
ディアッカたちのことはもう眼中に入っていない。
「良かった。これ一つしかなかったから手に入れるの大変だったんですよ」
アイス一つにどれだけの裏工作がされたかは知らないが、この暑さならきっと血を見るような戦いだったろう。
アスランは犠牲になった本当のアイスの持ち主に、密かに手を合わせた。
「ニコルの分は?」
「ありません」
ニコルが残念そうに微笑む。
するとはアイスを一口分すくい取り、ニコルに差し出した。
「はいv」
「ありがとうございます」
ニコルはの手からアイスを食べた。
「「「あ」」」
間接チュー。
ニコルが横目でアスランたちを見てドス黒く微笑む。
すべて計算づくの悪魔の微笑だった。
「ッ!俺も俺も!!」
ディアッカが主張する。
はしょうがないなあとぼやきながらも
「はいvあーんVv」
「あ〜んVvv」
意外にノリノリでアイスをくれた。
「はいvアスランも」
あーんv
「え?あ、ああ。ありがとう///」
はアイスを一口誰かにあげるたびに、自分でも食べていた。
アスランは、変に意識するのも変だと思い、素直にアイスを食べた。
「はいvイザークも」
あーんv
イザークはどうするか迷った。
こういうノリはかなり嫌いだが、間接キスと冷たいアイスは捨て難い。
「イザーク?早くしないと溶けちゃうよ?」
イザークは覚悟を決めた。
どうせ皆やっているのだ。変に恥ずかしがることもない。
ぱくっ
「あ、イザークったらと間接チューしてる〜」
「本当、不潔ですねぇ」
「セクハラだぞ?」
お前らもやっただろうがっ!!!
よりによって何故自分だけ全員に突っ込まれなければいけないのだ。
しかも嬉しそうにアイスを食べていた奴らに言われたくなかった。
はで
「あ〜、イザークのムッツリ助平」
とのたまった。
「貴様ら〜〜〜!!!」
イザークは顔を真っ赤にして怒り、室内の気温を更に上げるのだった。
灼熱地獄はまだまだ続く
+++あとがき+++
前サイトの遺物。
イザーク何気にイジメられてます。
それにしてもニコルが黒い。
うちのニコルは黒いみたいです。。。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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