07:光射す庭




































どこからともなく、ピアノの音が聴こえてくる――――


家にはピアノなんて無いので、それがどこから発せられる音なのかには良く解かった。

隣家の緑の髪をした幼馴染みのピアノだ。

優しげな旋律に、庭を弄っていた手を止めて、思わず聴き入ってしまう。


(帰ってきたんだ…)


幼馴染みのニコルは今、軍のアカデミーでザフトのパイロットになるための訓練をしている。

アカデミーは寮生活で、最近ちっとも隣家からピアノの音色が聞こえてこなかった。

それをずっと寂しいと感じていたけれど、ニコルがいなくなって早数ヶ月。

すっかり慣れてしまった自分がいる。

それでもどこかぽっかり空いてしまった心は、埋まることがなかった。

それだけ、自分の中のニコルという存在は大きいモノなので――――


このまま逢いに行こうかな。


ふとそんな考えがよぎった。

ピアノの音が聴こえてから、早くニコルに逢いたくて逢いたくて仕方がなかった。

このまま庭の垣根を越えれば、すぐに逢えてしまう距離。

だが……

目に入った自分の手に、ぎょっとする。

今すぐにでも隣家へと足を踏み入れようとする自分をなんとか宥めて、自分の姿を改めて見てみる。

庭の土を思う存分弄っていたため、手はもちろん、全身泥にまみれていた。

その上、服も汚れても良いような服なので、ボロボロでドロドロだった。

髪までボサボサな気がするが、汚れた手で直すわけにもいかない。

いくら幼馴染みとはいえ、流石にこの格好で逢う勇気はなかった。

一応、好きな人でもあるわけだし……。


(とりあえずニコルに逢うのは、ここをやって、着替えてから……)


はシャベルを握り直し、大急ぎで作業に戻った。

雑草を引っこ抜いてザクザクと土を掘り返し、肥料を混ぜていく。

意外に重労働なため、汗まで掻いてきた。

……シャワーも浴びなきゃ。

優雅な音楽をBGMに、肉体労働…なんだか哀しくなってくる。

でも、そんなこと言ってる場合じゃないっ!

愛しのニコルのために、先ほどよりもスピードアップしていく。

腕と腰が痛くなってきた…。

コーディネイターのクセに……明日は筋肉痛かもしれない。

一心不乱にザクザクしてると、不意に声がかけられた。


「何を植えるんですか?」


「う〜ん、夏に向けて向日葵にしようかと思うんだけど……」


「向日葵ですか、良いですねぇ」


「でっしょ〜……ってニコル?!」


「はい」


ニコルは、垣根の向こう側から、にっこりと微笑んだ。


「お久しぶりです。


「お、お久しぶり……」


変わらない笑顔に、ほっとする。


「え〜と、ピアノを弾いてたハズじゃ?」


「窓の外を見たら、がいたので……」


『来ちゃいました』と、無邪気に答えるニコル。

嬉しいが、恋する乙女心には複雑だ。

じ〜っと見つめられて、どきどきする。


「あ、あんま見ないでよ……」


「何でですか?久しぶりに逢ったのに」


「いや、あの、ほら、泥だらけだし…髪もぼさぼさだし……」


言っているうちに、自分の顔が熱くなるのが解かった。

よりによって、こんな格好で逢うなんて……。

うな垂れる私に追い討ちをかけるように、ニコルはクスクスと笑い出した。


「そ、そんなに笑わないでよぅ!!!」


涙目で訴える私に、ニコルは『違うんです』と答えたけど、ダメージはかなり大きい。


「相変わらずだなぁって……」


「うぅ、どういう意味よ〜」


全然慰めになっていない。

私がむくれると、ニコルは慌てて謝った。


「す、すみません。お詫びに手伝いますから」


「え?いいよ、服汚れちゃうし……」


「いいんですよ。一人じゃ大変でしょ?」


ニコルはそう言うと、こっちの庭までひょいっと垣根を飛んで来た。

数ヶ月ぶりに間近に見たニコルは、心なし大きくなっているような気がした。


「……コレを一人でやるつもりだったんですか?」


庭全体を穿り返したような状態に、ニコルが呆れた声を上げた。

丁度良いから庭を大改造してしまおうと思ったのが、間違いだった。

確かに、コレを一人でやるのはキツイかもしれない。

我ながら無茶なことをしている。


「夏になったらこの庭、向日葵畑になってますね」


「ちゃんと他のも植えるってばっ」


「本当ですかぁ?」


「もうっ、口動かしてないで手ぇ動かしてよ〜!」


何ヶ月も逢っていなかったのが嘘のように、私とニコルは声を上げて庭の手入れを楽しんだ。

次に逢うときはきっと、我が家の庭には向日葵が所狭しと咲き誇っているだろう。












春の日差しが暖かく差し込む庭で、二人の笑い声はいつまでも絶えることが無かった。

























+++あとがき+++
珍しくギャグじゃないです。
ほ、ほのぼの系…でしょうか?(訊くな
大魔王様も真っ白です。
……演技かもしれませんが(ぇ
ちなみに向日葵の花言葉は『私の目はあなただけを見つめる』です。
ストーカーみたいですね(←暴言

こんな駄文をココまで読んで頂き、ありがとうございました!