しんしんと雪が降り積もるプラント。
数年前の戦争が嘘のように、プラントではクリスマスムード一色だった。
Happy Christmas!
ここ数日、街の玩具屋はそれはもう忙しい思いをしていた。
だがそれももう終わるだろう。
なぜなら今日はクリスマスイブなのだ。
明日を過ぎれば、修羅場はもうこないハズ……。
アルバイトの店員は、長い長い溜息を吐いた。
とにかく疲れた。
クリスマスケーキもプレゼントももういらないから、休みが欲しい。
玩具屋の店員はやっと閉店時間の訪れた時計を見て、ほっとした表情で店のシャッターに手をかけた。
ダダダダッ……
「ん?」
店員は首をかしげた。
なにやら地響きのような音が聞こえる。
ダダダダダダダッ……ズベッ…ダダダダダッ………
しかも、段々こっちに近づいているような気がする…。
「ちょっと待ったーーー!!!」
その掛け声とともに、閉めようとしていたシャッターが、がしっと掴まれる。
「……ま、まだ、やってるか?」
必死の形相で店に滑り込んだ銀髪の青年は、荒い息で店員に尋ねた。
どこかで転んだのだろう、体中雪まみれでボロボロだ。
「いえ、あのもう店仕舞いで……」
終わりですと言おうとした口は、青年の睨みにより遮られた。
青年のアイスブルーの瞳がギラギラと血走っている。
店員は直感的に思った。
逆らったら、殺される!!!
「やってるよな?」
「……はい」
結局、店員は閉店時間を遅らせるしかなかった。
イザークは、せかせかと家路を急いでいた。
せっかくのクリスマス・イヴ。
どの家も大切な家族や恋人とのんびり和やかに過ごす日だ。
本来ならイザークも家族サービスに精を出すはずだった。
だが、大学のデータベースがいきなりぶっ壊れ、大学の教授であるイザークはその修復に今の今まで借り出されていたのだ。
のんびりと過ごすはずだった休日は、ことごとく潰されてしまった。
休日中に買いに行くはずだった我が子へのプレゼントも、ゆっくり選ぶ暇も無く店に入って目に飛び込んだものを咄嗟に買ってしまった。
「くっそぉ!何だこの雪はっ!!!!」
イライラと、すでに吹雪に近くなっている雪に八つ当たりをする。
明日は積もった雪で子供たちが遊べるようにとの配慮だろうが、雪のせいで先程見事にすっ転んだイザークとしてはいい迷惑だ。
それでもイザークは、全力疾走とほとんど変わらない走りで、家路を急ぐ。
早く帰らないと、閉め出しを喰らうかもしれない。
あの妻なら、笑顔でやってくれるだろう。
普段夫に対して毒舌を吐きまくる妻は、クリスマスにイザークが仕事に行くと聞いた時、爽やかな笑顔で離婚をほのめかしてくれた。
大急ぎで仕事を終わらせたが、真夜中の帰宅になってしまった。
これで子供のプレゼントを買いそびれていたら、確実に離婚届を叩きつけられた事だろう。
考えるだけで恐ろしい。
寒さも手伝ってか、ぶるりと身震いするイザーク。
寒空の中一人家路を急ぐその姿は、哀愁が漂っている。
ようやく家の明かりが見えてきた。
早く暖かい部屋で、暖かい妻の手料理が食べたい。
クリスマスだから、いつもより気合の入った手料理が用意されているはずだ。
夫の分まで用意してくれているならの話だが……。
イザークはプレゼントを抱きしめ直し、玄関のチャイムを鳴らした。
「……雪をちゃんと掃ってから家に入ってきて下さいね」
玄関で夫を出迎えてくれた妻・は、開口一番そう言った。
体中雪にまみれ、ボロボロなイザークを見て、眉をひそめる。
「プレゼントは無事でしょうね?」
夫を気遣う気持ちなど、ひとかけらも無い台詞と口調だ。
「…、お前は愛する夫とプレゼント、どっちが大切なんだ?」
「プレゼントです」
あっさり即答され、イザークは泣きたくなった。
家の中は、外よりも冷たい氷点下の温度な気がするのは、イザークの気のせいではないだろう。
「と、言うより、プレゼントを無邪気に待つ我が子が一番大切ですね」
『さっさとプレゼントを部屋に置いてきて下さい』と言うの言葉に、はっとなる。
そうだった。父親として最大のメインイベントが待っている。
「もう寝てるのか?」
「ええ。とっくに」
今、一体何時だと思ってるんですか?
言外に込められた言葉に、イザークはうっとつまる。
これは相当、怒っている。
「あ、明日はちゃんと家にいれるぞ?」
「ごたくはいいのでとっとと置いてきて下さい」
「……解かった」
イザークは、の言葉に従うしかなかった。
扉をそっと開けると、ベットですやすやと寝息を立てて眠っている我が子の顔が見えた。
気配を消して、そろそろと近づく。
扉から漏れた明かりで映し出される我が子の姿に、自然と顔が綻ぶ。
綺麗に切り揃えられた銀の髪に、今は見ることができないが、キラキラ輝くアイスブルーの瞳の息子は、生き写しと言って良いほど自分にそっくりだった。
まだ4歳でもしっかりとした性格で頭も顔も良く、自慢の息子だ。
すっかり親馬鹿モードに入っているイザーク。
普段の彼を知る者たちなら『気色悪い』と言い切るだろう。
だが愛する息子に魅入っているイザークはそんな自分の姿に気づくはずも無い。
布団からはみ出している腕を中に戻してやり、ついでにプレゼントも押し込んでやる。
男の子にクマのぬいぐるみというのも変だが、この際しょうがない。
起こさないようにまたそろそろと扉へ向かう。
ガッ…
ドテッ……
落ちていた何かにけ躓いた。
「いっ…………!」
『痛い痛い!』と大声で叫びそうになった口を、自らの手で押さえて飲み込む。
先ほど雪ですっ転んだ時にすりむいた膝に、見事にクリティカルヒットして、かなり痛かったが、イザークは耐えた。
これでもかというほど耐えた。
こんなことで子供を起こし、サンタクロースを信じる無邪気な心を壊したら、今度こそに離婚されるっ!
「ん〜………」
息子の声に、ドキリとする。
しばらく這いつくばったままの姿勢で待機する。
……どうやら寝言だったようだ。
イザークはほっとため息を吐いた。
そしてそのままズルズルと匍匐前進で扉に向かう。
かなり間抜けな姿だ。
イザークは、なんとか息子に気づかれることなく、部屋を抜け出すことに成功した。
「大きい音がしましたけど、あの子、起きませんでしたか?」
「あ、ああ」
ようやくリビングに入ると、が待っていた。
雪のように白い手には、救急箱が握られている。
「怪我の手当て、しましょうね」
優しい言葉と暖かい笑顔に、イザークは目頭が熱くなるのを感じた。
や、やっと、赦してくれた!
しかも、いつになく優しいっ!!!
出逢ってからこの方、にそんな優しい態度をとられたことのないイザークには、それだけで感動ものだ。
夫婦としてソレはどうなんだと疑問に思うかもしれないが、ジュール家の日常は婚約者時代からこうなのだ。
やっと普通の夫婦らしい甘々な空間が持てるかもしれないと、イザークの期待は膨らむ。
優しい手つきで、手の甲にできた擦り傷を消毒していく。
いつになく甘い空気が二人を包んでいた。
「ところでイザーク……」
「何だ?」
甘えるようなの声音に、イザークの鼓動が高鳴る。
「私へのプレゼントは?」
その言葉に、さっきまで高鳴っていたはずの心臓が、一瞬にして止まった。
わ す れ て た ! ! !
「イザーク?」
にこやかにがイザークに呼びかける。
顔は笑っているが、怒っていることは確実だ。
目が、笑っていない。
「完全に、忘れてましたね?」
「忘れていたわけじゃない!本当だっ!!!」
嘘だ。子供の方に気をとられていて、完全に忘れていた。
の爪が、ギリギリとイザークの傷口に喰い込んでいく。
かなり痛い。痛過ぎる。
「明日だ。明日買ってくる!!!」
「そうですか。じゃあ、後は自分でやって下さいね」
私はもう寝ますと、とっととリビングを出て行こうとする。
プレゼントのためにイザークに優しくしていただけのようだ。
「!ゆ、夕食は……」
仕事に集中していたため、朝から何も食べていないイザークは、すでに空腹で限界が近かった。
「あると思いますか?」
プレゼントも用意していない夫には、用意する義務がないとその顔が言っている。
完全に、イザークの不利だ。
「あ、今日はその辺のソファにでも寝て下さいね」
寝室には入ってくるなということか…。
夫婦の危機が、かなり高速で近づいてきた。
「それでは、お休みなさい」
バタンッ
勢いよく閉められた扉を、イザークはなすすべも無く見つめているしかなかった。
力尽きたイザークは、その場にパタリと倒れ込んだ。
すでに、魂が半分出てしまっている。
彼は、その姿勢のまま不貞寝して、翌朝ぬいぐるみを抱えた息子に発見されるのだった。
+++あとがき+++
な、なんとかクリスマス期間中に書き上げました(吐血
全然ハッピーじゃないよイザーク…(笑
ぶっちゃけ四代目TOP絵は、子供時代イザークではなく、イザークの子供です。
これがやりたいがために書き上げました(満足
『竹取合戦』の夫婦ネタ…いかがでしたでしょうか?
書いてるこっちは物凄く楽しかったので、いずれまたやりたいですv
子イザ萌!!!
しかし、この二人に何故子供ができたのかは、プラント七不思議の一つでしょう!(何
四代目TOPの子イザはこちら。別窓開きます。
あ、ちょっと↓におまけを書いてみました。
よろしければお読み下さい。
子イザ:「…ちちうえ?なにしてるんですか?」
イザーク:「はっ……!も、もう起きたのか?」
:「おはようございます」
子イザ:「あ、ははうえ!みてください!けさおきたらおおきなぬいぐるみが!!!」
:「まぁ、良かったわねぇ。サンタさんにお礼を言わなきゃ」
子イザ:「はい。ありがとうございますちちうえ!」
イザーク:「なっ…!」
子イザ:「つぎはおおきなおとたてないでくださいね」
イザーク:「違うぞ!あれはサンタクロースに頼まれて……!」
子イザ:「こどもにぷれぜんとくばってにやついてるおじさんなんて、ただのへんたいでしょう?あと、ここにしょうひんタグがまだついたまんまですよ」
イザーク:「…………………」
子イザ:「ぼく、そんなへんたいしんじてませんから、きにしないでください」
:「……来年も頑張ってね、イザーク」