恋のチカラ
その日、イザーク・ジュールはかなり不機嫌だった。
あたりは彼の苦手な人、人、人――――
しかも、五月蝿いガキ共がぎゃあぎゃあ喚いている。
イザークの眉間に益々皺が寄った。
あまりの人ごみの多さに、頭痛までしてきた気もする。
そして何よりも、頭痛を引き起こす原因が彼の隣にいた。
「イザークさま、次はあれ。あれに乗りたいです!」
そうして無邪気に自分の服の袖をちょこちょこと引っ張るのは、先日婚約者となった少女・嬢。
こちらの不機嫌など、全くもって気づいていない。
周りのテンションにつられてか、かなりはしゃいでいる。
「……イザークさま?」
黙り込んでいるイザークを、が不安そうに覗き込んだ。
「メリーゴーランドはお嫌いですか?」
「あ、いや……」
うるうると今にも泣きそうな瞳で見上げられて、うっとなる。
今日一日だけで、自分は婚約者のこの顔に弱いのがよく解かった。
この顔をされて、今日のデートはイザークの嫌いな遊園地になったのだ。
何故自分がこの少女の表情一つで従ってしまうのかは解からないが、今更この顔に逆らえるとは思えない。
人は多いし、頭痛はするし、疲れるし、奇妙な乗り物に乗せられるしでイザークの不機嫌は最高潮に達していたが、嬢に泣かれると思うと、キレるわけにもいかない。
見合いをしてすぐに婚約になった嬢だが、別に嫌いなわけではない。
むしろ、彼女といると変な動悸がするくらいだ。
「………………乗りましょう」
「はいv」
イザークは、諦めの溜息と共に、に腕を引かれながら、メルヘン全開のメリーゴーランドへと向かうのだった。
「面白かったですね、イザークさま」
「……………ええ」
ただ馬に乗ってグルグル回るだけじゃないかと突っ込みたくなるが、イザークはぐっと抑えた。
相手は年下、大人になれと自分に言い聞かせる。
「次は、イザークさまが乗りたいものに乗りましょう」
『何が良いですか?』と訊かれるが、乗りたいものなど別に無い。
それを伝えようと口を開きかけたが、一瞬目に飛び込んできたモノに瞬時に考えを変えた。
「……では、あれに乗りましょう」
そう言ってイザークが指し示したものは……
「ジェットコースター…ですか?」
「ええ。駄目ですか?」
の顔色が変わったのを感じたが、イザークはしれっと訊き返した。
入園してから数時間、その手の乗り物には一切は乗ろうとしなかったのだ。
苦手だというのは、ある程度予測がつく。
「い、いえ。……乗りましょう」
明らかに青い顔で返事をするに、無理をしているのは解かったが、止めようとは思わない。
こっちは散々苦手なメルヘンやファンタジーの世界に浸からされていたんだ。
この位の意趣返しは、許されるだろう。
それに、少し婚約者を困った顔を見てみたいという気持ちも、あるのかもしれない。
相手に気付かれぬように、どこか意地悪な笑みを称えながら、今度はイザークがの腕を引きながら、絶叫のこだまするジェットコースターへと向かって行った。
「大丈夫ですか?」
「…………はい。す、すみません」
ジェットコースターに乗り終え、案の定気分の悪くなったに、水で冷やしたハンカチと冷たいジュースを渡す。
先程よりは大分良くなったが、まだ具合の悪そうなに、流石にやり過ぎたかとイザークは反省した。
だが、ジュースを飲んで気分が落ち着いたの言葉に、イザークは耳を疑った。
「……さて、次は何に乗りましょうか?」
「は?」
「え〜っと、コレはもう乗りましたし……」
そう言いながら園内地図を広げ始める。
懲りもせず、まだまだ乗り物に乗る気満々のようだ。
「嬢、もう帰って休まれた方が……」
「はい?何かおっしゃいましたか??」
「……いえ」
は「そうですか」と、すぐにまた園内地図に集中し始めた。
大人しいお嬢様という印象だったのに、どうやらイザークの想像とは違ったらしい。
一体このパワーは、どこから出てくるのだろう。
「イザークさま、何か乗りたいもの有りますか?」
散々悩んだ挙句、結局はイザークに地図を見せた。
またかよと思う。
先程の事を考えると、下手な乗り物は選べない。
こういう質問が、一番困るのだ。
イザークは、に気付かれないようそっと溜息を吐いた。
とてつもなく、疲れる。
普段の自分ならばキレてさっさと帰っているところだ。
だが……
上目遣いにイザークを伺うは、とてつもなく可愛かった。
「イザークさま?」
「あ、いや…そうだな」
自分でもおかしいと思いつつ、園内地図を見つめ、ついついの問いに真剣に答えようとしてしまう。
ディアッカあたりに今の自分の姿を見られたら、一生笑いものにされるだろう。
「…………これなんかどうだ?」
「…お化け屋敷、ですか?」
迷った末にイザークが指し示したのは、実はお化け屋敷などという生易しいモノではなかった。
プラント一、怖いと評判の本格派ホラーハウス。
もしかしたら、またの具合が悪くなるかもしれないが、その時はまた自分が看病してやればいいだけの事だ。
可愛い悲鳴を上げながら、自分に抱きついてくれるかもしれないという下心も、あるにはあるが…。
前は婚約者なんて面倒なだけだと思っていたが、そう悪いモノでもないかもしれない。
「行きましょう、イザークさま!」
にこにこと自分に笑いかけるを見ながら、そんな事を思ってしまったのは、恋の力のなせる業……なのかもしれない。
ホラーハウスに入ってからたったの1分で、イザークはここに入った事を後悔した。
「ガぁ…ッ!」
「……っ!!!」
出そうになる悲鳴を、必死にこらえるイザーク。
まだ入り口付近だと言うのに、非常にリアルなゾンビ達がうじゃうじゃと自分達に寄って来ていた。
流石コーディネイターの技術と言うべきか、ここまでリアルだと、柄にも無くイザークも正直恐怖を覚えてしまう。
これではも相当怖がっているに違いない。
そう思った瞬間、の悲鳴がこだました。
「!大丈夫か?!」
の肩を引き寄せると、微かに震えている。
やはり、入るべきではなかったか。
だが…………
「きゃーVv」
「は?」
まるで売れっ子アイドルでも見たかのような黄色い声。
それを発しているのは、間違いなく自分の婚約者である・嬢だった。
「きゃあvイザークさま!あのゾンビさん、内蔵がはみ出てますよ!」
「脳髄まで飛び散ってるーVv」と、ハートマーク乱舞でのたまったは、一体一体ゾンビを堪能しながら更に奥へと進んでいった。
「イザークさま?」
呆然と突っ立っているイザークに気付き「どうしたのですか?」と小首をかしげて訊ねる。
その姿は、場所にそぐわず本当に可愛らしい。
そんなににっこりと笑いかけられたイザークは、一瞬にして余計な事は忘れる事にした。
「行きましょう?」
「……ああ。そうだな///」
手を繋ぎ、ラブラブ光線を発しながら歩く二人は、殺伐とした周りの雰囲気に気付きもしなかった。
それもまた、恋のチカラ――――
+++あとがき+++
キリ番35353をゲットされた、李梨さまに捧げます。
『意地悪なイザーク様と甘いデート』というリクだったのですが……。
全然甘く無いYO!!!
イザークも、意地悪というか……ヘタレ。
自分に甘い夢は一生書けないと痛感致しました。。。
お待たせした上、こんな内容でスミマセン;;
李梨さま、こんなモノで宜しければ、貰ってやって下さい。
ここまで読んで頂き、ありがとうございました。
李梨さまのみ、お持ち帰りOKです!